あたりまえなんて無い

  • 2009/11/29(日) 20:56:30

11・29
毎週土曜日は、私のエッセイが地元の新聞に連載される日。
昨日読めなかったので、宮ぷーは気にしてくれていて、「こころぽかぽかよんで」(エッセイの題名です)と言ってくれました。でも、宮ぷーを泣かせてしまう結果になってしまったよ。
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詩  あたり前の日
「あたり前の日が 少しもあたりまえでなく たくさんの何かに守られて たくさんの何かに愛されていた 特別な日であったことを 私はなぜ気づけずにいたのだろう
何かが起きても いつかそのことも 日常になり、あたりまえになったとき そのあたりまえもまた たくさんの何かに守られて愛されていることを 今度こそ忘れずに 私はすごしていけるだろうか
あたりまえのように 今日も 風がそよぎ、山ぼうしの枝がゆれる あたりまえのように鳥のさえずりが聞こえ そして雨が降ってくる
今日のあたりまえを ありがとうと思う気持ちを 私はいつもどこかに 置き忘れてくるのだ」

 ゆうこちゃんが、「つまらない。つまらない。ああ、つまらない」と大きな声でつぶやいていました。「何かあったの?」とたずねると、ゆうこちゃんは「何もないから、つまらないの。毎日何もかわらないんやもん、つまらない。いいこと何にもないんだもん」と言いました。そのとき、そばにいた、かーくんが言ったのです。「それってすっごく幸せって言うことだよね。何かあったら大変。何もなかったら、すごく幸せなことだよね」と言いました。「だって、昨日もおとといも、それから、今日も何も変わらないんだよ。明日もあさっても、きっとそうだよ。退屈だよ」「僕、怪我をして、歩けなくなったときに、歩いていたときにすごく幸せだったんだなあとわかった。でも、歩けなくなっても、今も幸せだなあとそう思う。だって、歩けるから、歩けないからって関係なくて、その日その日、こうして、友達といて、うれしいよね」ってそういいました。ああ、本当だなあと私はしみじみそう思ったのです。毎日があたり前のように過ぎていく。その中にいろんな幸せがいっぱいいっぱいつまってる。私はその幸せについて少しも気がついていなかったなあと思いました。そして、感謝していなかったなあと思いました。たとえば、息をしていること、体が動くこと、食べるものがおいしいこと、誰かとお話を交わせたこと。何もかもにありがとうと思う気持ちを忘れていたなあと思いました。
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宮ぷーは詩を読んでいる途中から、目に涙をためていたよ。でもね、やめる?というと、「やめないでよんで」と言ってくれたので、読み続けました。
そして、宮ぷーと話をしたよ。宮ぷーは今でも「夢だったらいいのにと思う」と言うよ。私も今まで何度もそう思ったよ。宮ぷーが倒れたばかりのころはしょっちゅうそう思ったし、今も苦しんでいる宮ぷーを見ているとき、夢だといいと思っている宮ぷーを見ると、本当に夢だったらなあと思うよ。けど、夢じゃないよ。宮ぷーはわかってる。夢じゃない。これは夢じゃない。
でも、宮ぷーは、毎日、少しずつ動くようになってる。それだって、夢じゃないよ。これも夢だったら悲しかったね。動くようになってるのも夢じゃなくてよかったね。
今日も宮ぷーはやっぱりすごく息がつらかったんだよね。そして心臓も痛いといった。ああ、本当につらいね。だからなんだけど、宮ぷーは今日は、歯磨きがつらくていやだったんだよね。介護人さんがとても上手に磨いてくださって、よかったね。私は宮ぷーにちょっといじわるを言いました。
看護婦さんや介護士さんは、みなさん、宮ぷーに「歯をみがかせてくれる?」「おひげをそらしてくれる?」って聞いてくださるよ。時には、私に、「宮田さん、今日はおひげそらしてくれなかったの。息がつらかったのかなあ」っておっしゃるよ。宮ぷー、宮ぷーは「そらしてくれる?」と聞かれたら「いいよ」って思うの?今日は、私が、次に何をする?って聞いたら、「なんでもして」って言ったよ。それから、息がつらいからなんだけど、歯磨きを私がするときも嫌がって、私が「それはだめだよ」と言ったら、「はやくすれば」と言ったよね。ね、宮ぷーそれはおかしいよ。宮ぷー、ずっと誰も歯磨きをしないのがいいの?歯も汚くなって、口もどこも汚くなるのがいいの?そうじゃないよね。してくださるから、きれいでいられる。してくださることがあたり前と思ったらいけないよね。
看護婦さんや介護士さんは「させてくれる?」っておっしゃるけれど、本当は、こちらから、してほしいです。お願いしますという気持ちでいなくちゃおかしいよね。してほしい、してもらってありがとうって思えることってきっとすごく幸せだよね。私もそのことを忘れないようにしなくちゃ。私もすぐに、自分の体のことも、人間関係のことも、みんなそうだけど、あたり前って思っちゃうもの。
でも、本当は誰よりもそんなことわかっている宮ぷーなのです。宮ぷーはいつも、とても優しいもの。優しいのに、私はいつも、ときどき意地悪を言うよ。おまけに、つらいから、座るのもいやだというと、私が「もう二週間近く座っていない。せっかく背骨にも筋肉がついてきたり、肺がつよくなったりもしてるのだから、がんばろう。宮ぷーが外出したい、外泊もしたい、退院もしたいという思い、私も、おんなじだもの、だから、がんばろう」そんなとき、宮ぷーは私の思いをいつも受け止めて「すわる」と言ってくれるね。本当にありがとう。
今日は丸山さんからうれしい提案のメールをいただきました。宮ぷーの病院から30分ほど行ったところのお寺さんで、12日に、「宮ぷーにクリスマスプレゼントを贈ろう」という名前のコンサートを開いてくださるのだそうです。8時に、テネシーワルツを歌ってくださって、会場へ行くことがかなわない宮ぷーにそのDVDのプレゼントをしてくださるそうなのです。
こんなメールでした。「病院で頑張っている加津子先生と宮ぷーにクリスマスプレゼントを送ろう!と言うプロジェクトを立ち上げたいと思います。 日時 12月12日夜7時30分場所 能登半島高松のお寺、浄専寺(電話076-281-0546)です。金沢から車で30分ぐらいですよ。前に病院でギターを弾いた時、宮ぷーはテネシーワルツが大好きで、不思議な縁があるのがわかりました。僕の友達、大津のこーちゃん(テネシーワルツが大好きでめちゃ上手い!彼と始めて会った時、病気だった彼にテネシーワルツを弾くと一緒に歌い出し、今では京都清水寺のコンサートが出来るまでに回復しました…)歌い手を呼び、僕達とのジョイントコンサートを約1時間30分ぐらいしたいと思います。料金はみなさんの想いのカンパで…そのコンサートの途中8時(宮ぷーの祈りの時間)がきたら全員で小さなローソクを持ち、テネシーワルツを歌います。その瞬間を映像で富山映画監督、友達の浅井君に撮ってもらい編集、DVDにして花詩織牧野さんの素敵な花でアレンジメント、12月23日病院に着くように宅急便で届けたいと思います。  ワクワクプロジェクト!ここで、一つみなさんにお願いがあります。お寺のコンサートに来れない方も、12日夜の8時宮ぷーの祈りは、テネシーワルツでお願い出来ないでしょうか?歌える人は歌い、歌えない人も、らら〜でもよいので口ずさんで欲しいのです。そうすれば必ず宮ぷーにも、一緒に頑張っている加津子先生にも届くし、何よりも映像の中にも全国の人達の想いが必ず入ると思うのです。みんなで一緒に素敵なクリスマスプレゼントを加津子先生と宮ぷーに送れたら、こんなに素敵な事はありません。全ては宮ぷーに始めて会ったクリスマスの夜、加津子先生と宮ぷーにクリスマスプレゼントだよ!とテネシーワルツを弾いた事から生まれました。宮ぷーが早く元気になりますように…加津子先生も、いつも笑顔で宮ぷーのそばにいられますように…   
風の音三郎Mario
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風の音三郎Marioとは丸山さんのことです。なんて素敵なのでしょう。1000人の方が、いろいろなところで、テネシーワルツを歌ってくださったら、なんだか、ああ、私たちはひとつだなあと思えて、うれしいです。高松は、金沢と能登のちょうど間というか、能登の入り口にあたるところにあります。私は宮ぷーといるので、出かけることはかないませんが、お近くにもし、いらっしゃれるのなら、出かけてくださったら、うれしいです。そして、お祈りに12月12日に歌を歌ってくださったらうれしいです。私も宮ぷーとその日は歌います。

ねえ、宮ぷー、それからね、今日は東京の「ちーむ宇宙の約束」のみんなが(しま平ちゃんを代表とする、お友達のみなさんが、1/4の奇跡の映画や宇宙の約束の映画を何度も上映してくださっています)宮ぷーに、色紙を送ってくださったよ。心のこもった言葉が並んでいて、私うれしくて、ならなかったよ。明日もって行くね。毎日、私たちは本当に温かいみなさんのお気持ちに包まれているよ。
 そうそう、昨日の夜、腕が動いたから、恭子ちゃんにメールをしたんだよね「今日はいいことがあったよ。明日見せるね、お楽しみにね」そして、宮ぷーは腕が動くところを恭子ちゃんに今日、見せることができたんだよね。うれしいね。