統計だけで決まらない未来

  • 2011/08/29(月) 20:53:57

今、長野へ向かっています。列車の中で、統計のことを考えています。たとえば、い
ま、こんな状態だけど、これからどうやっていくんだろうということを考えたとき
に、統計では、99パーセント黒い方へ行っていますねと言われたときに、やはり、
白い方へ行くのは本当に難しいなあと思ってしまうと思うのです。
でも、そんなときに、今の状態からこれまでやってきた通りのことをしていたら、み
んな黒い方へいくけど、それは、同じことをしてきた統計だから、違うことをして
いったら、その統計の数字はもちろん変わっていくはず。
そう思ったら、統計の数字だけで、ああ、こっちへ向かうんだと、思ってあきらめて
しまうのは、本当に残念なことだと思います。だったら、統計の数字というのは、
「これまでと同じ方法だったら」ということが隠されているんだと思うことが必要な
んだなあと、ぼんやり考えていました。

前に、講演会に来てくださったリハビリ科におられる先生からメールをいただいて、
とてもうれしくなりました。
その先生は、植物状態と言われている人であったとしても、窓辺に置かれた花瓶の花
のにおいをかぎ、風を感じ、そして、親しい人の声を聞き、ちゃんとわかっていると
思えてならないと書いておられました。そして、そのときに、何より大切なのは、愛
だったり情だったりするのだろうと。先生はCTの写真のことも言われました。「この
写真を見た医者は誰であっても、同じ判断をするでしょう」
脳幹に大きな穴があいたそんな宮ぷーの状態であっても、「わかり」そして、周りに
いるものの思いはかならず届いているのだと思ったと言ってくださいました。
私も本当にそうに違いないと思うのです。

学校で出会った子供さんたちの中にも、植物状態で、「何もわかっていないだろう」
と言われているお子さんもおられましたが、けっしてそんなことはありませんでし
た。温かい優しい空気の中では、子供たちもゆったりとうれしそうにそこにいて、ひ
とりになると、さびしそうな悲しい思いでいるんだということが、やっぱりわかりま
す。
植物状態という風になったとき、その多くの方が一年半のうちに亡くなっていかれる
という統計があるそうです。その理由はどうしてなのでしょう。もちろんひとつのこ
とに由来するわけではないと思います。

小林さんはよくこんなふうなことを言われます。「植物状態になった人は、自分で死
んでいくんです。自分のことを何もわかってもらえない、生きる希望もない、未来も
ない。そうやって、みんな死んでいくんです。そのことがわかりました」と言われま
す。
 なぜ小林さんがそんなふうに言われるかというと、宮ぷーが倒れたときに、私が電
話でそのことを小林さんに言ったときに、小林さんは「脳幹出血?もうだめじゃん」
と言われました。そのことは、無理がなかったのだと思います。私はあまり脳幹出血
と聞いてもよくわかっていなかったけれど、小林さんは、いろいろなことを御存じだ
し、脳幹出血という病気が、一般的には亡くなる方が多くて、予後も悪いということ
を知っておられたのだと思うのです。だから、私が毎日宮ぷーのところに出かけてい
るときも「息をひそめるようにして見守って」おられたのだそうです。

 リハビリの先生がおっしゃるように、植物状態の人も聞こえるんだわかっているん
だ、そして治っていくんだという思いでいたいと言われる先生の言葉が本当にうれし
く、頼もしくて、「わー。先生、なんて素敵なのでしょう。本当にすごくうれしいで
す、がんばってー」っておもってしまうのです。「がんばって」なんて言葉は失礼か
もしれないけれど、そんな素敵な先生がいっぱいおられたら、統計がどんどん変わっ
ていくのだろうかと思って、そして統計が変われば、いっそう、ああ、なおっていく
んだなあと思う方も増えてくる。それは相互作用でいっそう増えていくに違いないか
ら、やっぱり、「ああ、先生、お願いです、がんばってー」って思うのです。

 大阪のみむらさんというお友達の方が講演会にきてくださるときに、自転車に大き
な重い袋をさげて持ってきてくださったものがあるのです。それが、獣の奏者の本で
した。夢中になって読みました。ところが、私の良い?ところは、どんなにおもしろ
くて夢中になっても、すっかりその内容を忘れてしまうので、ハリーポッターでも、
この獣の奏者でも、まるではじめて読んだみたいにドキドキして、えー!?どうなる
の? どうなっちゃうの? と読めることです。それで、今、またドキドキハラハラ
しながら、分厚い4冊の本を読んでいるよ。本当におもしろいです。

 今日は長野の日帰りなのです。ところで、小林さんから送っていただいた切符はみ
たこともないような不思議な切符でした。なぜって切符には出発が小松で、到着が小
松。小松ー小松になっていたのです。往復切符だったらこんなふうにはなりません。
行きと帰りが別々に印刷されて、二枚になるから。
これはどういうことだろうと思ったら、小松からしらざぎにのって、名古屋へ行っ
て、名古屋から、小林さんと一緒に長野へ行って、それから、長野から、各駅停車で
直江津へ行って、それから、富山を通って金沢へ行って、金沢からまた各駅停車で小
松へ来るというふうにずっと進んで一周するから、そういう珍しい切符になったので
した。

 小林さんは、乗り換えがあるからと、小松まで来てくださいました。本当にありが
たいです。
 長野の講演会で、楽屋でおいしいものをいっぱいいただきました。おやきはなす、
かぼちゃ、えんどう豆、野沢菜、野菜。それから、杏のつけたものやおつけもの、と
うもろこしなど手作りしてくださったものがいっぱい、どれもおいしくておいしく
て・・そして、それを包んでくださったので、いま、カバンの中に入っています。

いま、家に帰ってきました。これは日本縦断っていうのかな?それとも、小松から太
平洋側へ行って、また日本海側へもどってきたから、一日で。日本周遊かな?(これ
は違う気がします)

家についたときに、今日も宮ぷーのところに行ってくださったひろこちゃんがメール
をくださいました。
「かっこちゃん、お疲れ様でした。電話をありがとうございました。リハビリ中の宮
ぷーはかっこちゃんからの電話の後、がぜんファイトが出ました。もしこの時の宮
ぷーを漫画で描いたら、宮ぷーの瞳の中には炎が出ていましたよ。今日の宮ぷーは、
久しぶりにリハビリに頑張りました。リハビリのメニューは、もちろん宮ぷーが決め
ます。足の曲げ伸ばし 左右それぞれ50回ずつ。足首も軟らかくし、キックの力も確
認。右手の曲げ伸ばし300回。首の上げ下げ 20回。今の病院に来てからしばらくお休
みしていた事を、久しぶりにやってみたけど、ほとんど以前と同じように出来てい
て、休んだブランクを感じさせません。

きょうは以前の頑張る宮ぷーが 戻ってきていました。よかった。「ハーイ」と「お
やすみなさい」も言っていたしね。なんだか嬉しくてメールしてしまいした。一歩ず
つ、快方に向かっているのは、確実です。これからもますます楽しみです。では、ま
た。おやすみなさい。」

こうして、宮ぷーのところへ行ってくださるひろこちゃんにも、そして頑張る宮ぷー
にもやっぱり涙が出ます。なんだかうれしくて、わーんって泣いちゃいます。呼んで
くださったみなさんにも、来てくださって、「いつも応援してます」と言ってくださ
るみなさんにも、小松まで一緒に来てくださった小林さんにも、本当に感謝していま
す。やっぱり泣けます。うれしいからかな?ありがとうございます。

かつこ

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このメルマガは脳幹出血で倒れ、これまでの医学の常識では再起不能と思われていた
宮ぷーの病院での毎日を、親友の山元加津子が綴った日記からその一部を配信してい
ます。紆余曲折があり、今は宮ぷーの願いは自分の経験を通して意思伝達装置のこと
をみんなにお知らせすること。その願いの実現に近づくようにこのメルマガを広める
ことにお力を貸して下さい。お友達に転送お願いします。
詳しいことは、こちらのページをお読みください。
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(関連ページ)
宮ぷー レッツチャットで、今日もおはなし http://ameblo.jp/miyapu-ohanashi/
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決意を新たにしました

  • 2011/08/05(金) 21:01:24

ときどき、体がかっと熱くなって、止められなくなります。雪絵ちゃんの思いを伝え
たいと思ったとき、意思伝達装置のときがそうでした。そして、今日もそう。泣きな
がら、なんだかわからないけれど、何かに怒っています。自分にでしょうか? 何に
かわからないけど、泣いて泣いて、わあわあ泣いています。でも、私は強いから、強
いから、もう少し泣いたら、どうするか考える。
ある方の病院へ行ってきました。メルマガを読んでくださっている方で、ご主人が脳
出血で倒れて2年になるということで、もし遠かったらなかなか叶わなかったのです
が、近かったこと、それから、意思伝達の方法がもしあるなら、教えてほしいと言う
ことで、それで出かけました。

いただいたメールです。「二年前に主人が脳出血で倒れました。金沢に住んでいて、
かっこちゃんのことは昔、大ちゃんの本を読んだり、きいちゃんの本を読んだことが
あります。テレビでも見たことがあります。そのあとは、ずっと知りませんでした。
宮ぷーのことを知ったのは何カ月か前です。友達が教えてくれました。最近、宮ぷー
のCTの写真を見ました。主人の方が出血があきらかに小さい。そして、主人は宮ぷー
より若いです。38歳です。一生植物状態であると言われたけれど、宮ぷーのCTの写真
を見たときに、主人のものより、宮ぷーの方が出血があきらかに大きいし、主人の年
齢が若いということで、もしかして、主人が宮ぷーのように回復する可能性があるの
ではないかと思いました。かっこちゃん、厚かましいとは分かっていますが、宮ぷー
の病院へ行く途中にでも、ほんのちょっとでいいので、主人の様子をみていただけま
せんか?…略…」

病院で、ご主人にお会いしたときに、ご主人はあきらかに私の話しかけていることを
すべて分っておられると思いました。決して目を私からそらそうとされませんでし
た。じっとじっと私のことを見ておられました。奥様のお話だと、そんなことは少な
くて、普段は誰と会ってもすぐに目をそらしてしまうし、すぐに目を閉じてしまうの
だそうです。お医者さまからは、意識が戻ることは期待できないと言われておられる
そうです。
けれど、私はもう意識がはっきりしておられるとはっきりと感じました。ご主人に、
今から一緒にお話しする方法を探していきたいということや、宮ぷーの話をさせてい
ただきました。ご主人はずっと聞いてくださって、そして目に涙をためておられまし
た。

私はいま、どうしたらいいだろうと、胸がいっぱいになっています。どんなふうに私
の思いを書いたらいいのかわからないのですが、今、燃えるようなどこに向かって発
したらいいのかわからない、怒りのような気持ちの中にいます。誰が悪いとかではな
くて、私は何かすべきだというそういう思いです。

ご主人は手も足もそして、身体さえも硬くなっていました。腰を曲げることは難しく
て、座ってもらおうにもそれさえも難しく、足首もひざも伸びていて、足が重なるよ
うになっていました。指も手首も固くなっていました。奥様は宮ぷーの昨日の動画を
見られたそうです。「動くようになりますか?」と言われました。「体が固いのでこ
のままでは、たとえ、神経が動く状態であっても、動かすことはできません」と言い
ました。「でも、手遅れとかじゃなくて、痛いと思うけれど、今からでも、やわらか
く手も開いていくこともできると思います」と言いました。「でも、それはすごく根
気のいること」だともお話ししました。「でも、あきらめなければできます」って言
いました。

少ししてもいいですか?痛いかもしれないけどとご主人と奥様に言って、固くてもう
これ以上動かないところから、一ミリだけ内側にまげて10秒。それを繰り返しますっ
て言いました。ご主人は痛そうにされていて、やめますか?と聞いたけど、たぶんや
めないと思われたと私感じたので、少しずつ続けました。私がいた間は短かったけれ
ど、それでも、する前よりも、やわらかくなりました。固くなっていたこと、それ
は、奥様が悪いというわけではないのです。違います。奥様は毎日病院に来ておられ
るそうです。奥様がどれだけご主人を愛しておられるかも伝わってきました。

本当に、あきらめなければ、身体も少しずつ、やわらかく開いていくことを私は知っ
ています。子どもたちもそうです。高等部で入ってこられたお子さんで手足がたとえ
固くなっていたとしても、少しずつ身体が柔らかくなって、そして動くようになって
いくから。でも、痛かったり、もっともっと柔らかくなるにはすごく時間がかかると
いうことも私はわかります。

そのあと、宮ぷーのところにも奥様が来られました。奥様は「主人の方が出血が少な
いのに、どうして宮ぷーはこんなに身体が柔らかくて、こんなに身体が動くのです
か?」と泣いておられました。ご自分を責めておられるようでした。「午前中だけ
パートをしていて、午後からは病院に来て、洗濯や掃除をして、同じ介護をしている
奥さんとかとおしゃべりをしていたのですが、その時間が悔やまれる」と言われまし
た。
どうぞ責めないで、だいじょうぶ。その時間も大切だったのだと思います。今からで
も、だいじょうぶだし、必ず動く日が来るし、必ず気持ちが伝えられる日が来るし、
必ず力が入れられる日が来るし、ごはんも食べられる日が来るからと私も泣きながら
言いました。

手足が動かずに、植物状態にあると思われている方の多くが、寝たきりの生活をされ
ているのが現状なのだと思います。ずっと車椅子にものらないで、ベッドの上で、水
分と栄養を入れてもらって、管からおしっこを出してもらって宮ぷーもずっとそうで
した。
奥さんが言いました。「もし、宮ぷーも主人と同じようにしていたら、同じでした
か?」と聞かれました。「はい、ご主人は意識がもう戻っておられるけれど、宮ぷー
はそこまで行っていなかったかもしれないです。そして体は同じように固くなってい
たと思います」と言いました。

奥さんは「かっこちゃん、広めないと。方法があると広めいないと」って言ってくだ
さいました。今日だって、明日だって、どなたかが倒れて病院へ運ばれるかもしれな
い。植物状態になるという診断があっても、体を柔らかくしておいたり、座ったりす
ることがとても大切。ずっとそれを続けることが大切って、それが一般的になったら
なあとすごくすごく、私、思うのです。方法があるのです。でも広まっていないのだ
と思います。
そのことが悔しいです。もっと紙屋克子先生のされていることや、宮ぷーのことを私
知ってもらいたいです。今日すごくそう思いました。泣きながら思いました。

メルマガをこのごろでは多くの人に知ってほしいということをあまりお願いしなく
なっていました。いつの間にかそうなってしまっていました。でも、やっぱりお一人
でも多くの方に、宮ぷーのこと知ってもらいたいです。
今日は泣きながら松山の升田先生に電話をしました。そのときは電話に出られなかっ
たけど、あとで電話をくださいました。升田先生は11月に紙屋先生と私の講演会の
ジョイントを計画してくださっていて、偶然だけど、昨日、私に、メールをください
ました。

・・・・・
さて、あっという間に愛媛での講演会(11/6)も近づき、告知をして参加者を募る時
期となりました。そこで、休む間もなく大変恐縮ですが、かっこちゃんのプロフィー
ルと演題をを決めて頂き、お知らせ下さいますでしょうか?
この講演会は、いろいろな障害で口から食べることが困難になった方への食支援を
様々なアプローチから勉強する会です。参加者は主に医療・介護の専門職で、看護師
の参加が最多です。大体600名くらいの参加者です。主催は、伊予歯科医師会と伊予
医師会そして私の住む松前町(まさきちょう)です。毎年1回の開催で、今年で15回
を数えますが、第7回目に紙屋先生を講師に迎えております。紙屋先生は今年で2回目
の登場となります。

現在、医者からかなり厳しい診断を下されたみやぷーの介護まっただ中で、しかし、
あきらめないリハビリを続けながらどんどん奇跡的な回復に立ち会ってこられてい
る、かっこちゃんが、今、医療・看護・介護現場で携わる人に訴えたいことーこれ
を、演題にお願いしたいのです。
現在進行形のケアと紙屋先生の豊富な臨床経験とがどうかみ合って行くのか、今から
わくわくするような気分です。できれば、金曜日までにお返事いただけるとありがた
いです。
何卒よろしく、お願い申し上げます!
・・・・・
そういうメールでした。だから、升田先生に、お願いします。私、どうしても知って
もらいたいですと言いました。

 みなさん、どうぞ、今一度、メルマガをお伝え願います。どうか、お一人でも多く
の方に宮ぷーの毎日を知ってほしいです。
 今日はゴーヤの食べ方も教えていただいてありがとうございました。明日載せさせ
ていただきたいです。ありがとうございます。

かつこ