みんなで奏でるハーモニー

  • 2010/06/16(水) 18:16:44

今日もうれしいメールをいただきました。ニューヨークの千子さんから
・ ・・・
かっこさん、ご無沙汰してます。毎日メルマガが届くのを楽しみにしてます。宮ぷー
さんの少しづつだけど、確実に回復してる様子を読ませていただいて、本当に本当に
良かったぁーと思うのです。今日、私はこのメルマガを読み、祈りを捧げている方達
や智恵美さんの微笑んだ姿、宮ぷーさんやかっこさんが祈ってくださっている姿を想
像していたら、なにやら美しいハーモニーが聞こえてきたような気がしたのです。中
学生の時にクラス対抗で合唱大会がありました。クラスが一丸となって何度も何度も
練習して、最後にはそれはそれは素晴らしいハーモニーになり、みんなの心がひとつ
にまとまって流れるその歌声に感動して涙が流れた事を思い出しました。みんなのひ
とつになった思いが歌声というバイブレーションに乗って、部屋中を満たし、それは
それは素晴らしい時間でした。今日、私はあの時の感覚を再び感じました。

宮ぷーさん、かっこさん、このメルマガを読んでる方達、天国の雪絵ちゃん、素敵な
詩をかく大ちゃん、かっこさんの今までの教え子達、そのご両親もみーんなみんな含
めて大合唱です。それはそれは素晴らしいハーモニーになって世界中に宇宙中に響き
渡っています。この素晴らしい合唱隊?に参加させていただけている事、本当に嬉し
い。涙がぽろぽろこぼれる位嬉しい。もっともっと合唱隊のメンバーを増やして、
もっともっと大きなハーモニーにしていきたいなぁ。と思いました。かっこさんが指
揮者。宮ぷーさんがリードボーカル?というところでしょうか♪ 智恵美さんに笑顔
が戻って良かった。このメルマガに辿り着いてくれて良かった。 気付いてくれて良
かった。 かっこさん、宮ぷーさん、ありがとう。千子
・ ・・・

千子さんありがとうございます。鳥肌がたつみたいになって、涙がこぼれました。わ
あわあ泣きたいくらい心が揺さぶられました。私はどうしてみなさんに出会えたので
しょう。どうして千子さんに出会えたの? 智恵美さんに出会えたの? 雪絵ちゃん
に、大ちゃんに、子供たちに、宮ぷーに、そしてみなさんにどうして出会えたの? 
うれしいよおうれしいよおって体も心も震えて、涙がぼろぼろこぼれました。
実際に会ったことのない人と、心の深いところでわかりあって、生まれる前から、う
うん、宇宙ができたときから、私たちはきっと出会えるようになっていたんだ。お互
いを助け合って、支えあうために・・・そう思ったら、私はやっぱり泣けるのです。

 どうして、宮ぷーのところに毎日行くの? どうして?とたずねられることがあり
ます。でも、たぶん、そうなっていたんだなあと思うのです。もし、出会ってなかっ
たら、もし、倒れる前の宮ぷーの履歴が私でなかったら、もし、宮ぷーにいつもつい
ていることのできる家族が、赤ちゃんを産んだばかりの妹さんだけでなかった
ら・・・・今、宮ぷーのところへ毎日、行っていないかもしれません。行っていたか
もしれないけど、行っていなかったかもしれません。そして、倒れてから、生死をさ
まよっているときに、あんなに「生きて、生きて、生きて生きて」「大切だから」
「お願いだから」といい続け、祈り続けなかったら、今がないかもしれません。人は
そばにいて、手をさすり、足をさすり、声をかけ、祈るごとに、いっそう大切になっ
ていくんだなあと今は思っています。

 昨日はかおりちゃんが病院へお友達を連れてきてくださいました。かおりちゃんは
宮ぷーと私の元同僚で、私の親戚で、そしてお友達です。一緒にイスラエルにも行っ
たので、バラさんや小林さんや阪根さんやてっちゃんともお友達なのです。私は夏の
旅行のときに、元同僚の友達に、宮ぷーの手や足をやわらかくほぐすリハビリを、8
日してほしいとお願いしてありました。二日間動かさないだけで、気がつくと少し硬
くなっている手足。指。きっと首を立てることも8日間動かないことはやっぱり心配
なのです。かおりちゃんは「夏休みリハビリ隊を結成するよ」といってくれました。
それで、その中のもうひとり、宮ぷーのつり仲間でもあるぷーちゃんにも電話をしま
した。ぷーちゃんは、快く、行くよと言ってくれました。ああ、よかった。
「宮ぷー、みんながかわるがわる来てくれたら、私がいない間も楽しみ?」と言う
と、目を輝かして頷いてくれたよ。友達が来てくれるのを、宮ぷーはいつも心待ちに
しているのです。ああ、本当によかった。ずっと先だったと思っていた夏のたびは、
でも、もう後一月です。7月24日から7月31日まで。それで、かおりちゃんや
ぷーちゃん、宮むーちゃんとドクターに、一度私がいるときに来てもらって、手や足
をほぐすのを見てもらうことにもなっています。

 そうそう、「宇宙の約束」の映画監督で、宮ぷーのドキュメンタリー映画を撮って
くださっている岩崎靖子ちゃんが、次の予告編を作ってくれています。もうすぐ完成
とのこと。靖子ちゃんが、「今度の予告編では、宮ぷーがどんどん回復している様子
をみなさんに見てもらって、倒れたばかりの方やご家族の方に、宮ぷーの回復で力や
勇気や希望を持ってもらいたいの」と言ってくださったのです。すごいなあ。宮
ぷー。宮ぷーの頑張りが、そんな風にどなたかの勇気になったら、なんてうれしいん
だろう。靖子ちゃんがおもしろいことを言いました。「かっこちゃん、今度の映画は
かっこちゃんの厳しい一面をみんなに見てもらおうと思うよ」って。えー!? 私の
きかんぼうのとこ? キャー。恥ずかしい。恥ずかしいけど、本当のことだから、私
もぜひにと思います。

それでね。靖子ちゃんが「そこがすっごく感動するの。だから、本当は映画に取って
おきたいところなの。でも、見せるのだ」と言ってくれたよ。靖子ちゃんといつも話
しています。いつかの本のためにとか映画のためにとっておくなんて、必要ないんだ
よね。だって、見ていただけることがうれしくて、幸せって、そしてそのことで、ま
たお互いに、心が揺さぶられあって、一緒に生きていけるのがうれしいよねって。私
のきかんぼうは、それにしても、どんなふうに写っているのでしょう。あはは。何も
隠さずにみなさんの前にいられるのは、みなさんがどんな私でも受け入れて、受け止
めてくださるからです。昨日のドジな私のことも、「だからこそいいんだ」って言っ
てくださって、ありがとうございます。

 このごろ、何かがしょっちゅう壊れます。今日行くと、宮ぷーが「はいらない」と
言いました。見るとテレビのスイッチが入らないとのこと。テレビ壊れちゃったの?
と思ったら、延長コードのところで、電気が入らなかったのだとわかりました。ああ
よかった。宮ぷー不便な思いをさせてごめんね。でも、テレビでなくてよかったね。
修理にきっと時間がかかるもの。宮ぷーは今日はひじのところが痛いって。どんなふ
うに痛いの?チリチリとか、チクチクとか? それとも、筋肉痛? 宮ぷーは顔をし
かめて、息がつらくなる程と言いました。ああそんなに痛いんだと、思うと私、目か
ら水がこぼれるよ。さすったり、温めたり、マッサージしたり、そんなことしかでき
ないもの。けど、宮ぷーは今日も頑張る宮ぷーでした。痰も上手に咳込んで、気切か
らも、口からも出せるよ。咳き込むのはやっぱり苦しそうだけど、出せることはうれ
しいね。そして、しっかりと座ったり、首の練習もしました。手も足も毎日ちょっと
ずつだけど、動くようになってる。本当にすごいよ。

名古屋で、講演会の後の座談会で「宮ぷーに祈ってほしいのです」と言ってくださっ
たまゆみちゃんからメールをいただきました。載せてもいいですと言ってくださった
ので、
・・・・・・
はじめてメ−ルします。昨日6月13日の名古屋での講演会に参加させていただいたま
ゆみと申します。今日かっこちゃんのメルマガを見たら私の事が書いてあってびっく
りしました。読んでいたら又涙がぽろぽろ流れ落ちていきました。私は、要領がよく
ない所があって、頭の回転の早さや仕事のスピ−ドや効率が求められる社会では少し
浮いてしまいがちです。思い込みが強いところもあって間違っている事に気付かない
まま、ずっと物事を進めてしまっていたりして、そんな自分を変えたくて、でもなか
なか変わらなくて。私も私の弟も家庭の不和で小さいときから、とても辛い思いをし
てきました。

毎日父の怒鳴り声を聞き、言われっぱなしの母を見て育ちました。父の怒鳴り声が聞
こえてくると、母が殺されるんじゃないか、私も殺されるんじゃないかと部屋のドア
の前で聞き耳を立てていました。大人になって弟と話していた時、私も弟も逃げる事
を考えていた事が分かりました。弟は自室の窓をおおっている防犯のサクのネジを緩
めて緊急の時は蹴破って逃げようとしていたようです。弟は私たちの住んでいるマン
ションの家のベランダから飛び降りました。母は手摺りに足をかけている弟を見て家
の中から飛び出しましたが、つかもうとした手をかすめて落ちていきました。自分が
産んだ子供が目の前で落ちていくのを見てしまいました。母は毎日仏壇に綺麗なお花
を置いて弟に見せてあげています。そこには、般若心経が置いてあるので、かっこ
ちゃんの般若心経心訳も置けたらいいなぁと思って購入して弟の名前も、かっこちゃ
んにサインしてもらいました。

自分がアダルトチルドレン(機能不全家庭で育ち大人になった人)だと知り、本で勉強
したりグル−プミ−ティングに参加したりして心の回復に取り組んできました。今
は、そのかいもあって前より大丈夫になりました。でも、なぜだか分からないのです
が、毎日1度は死にたいと言う言葉が心の中にポッと浮かぶのです。ずっと悩んでき
た事なのですが身体の中の生きるエネルギ−が満タンになってくれないのです。いつ
も心の容器の底の方にあるだけで上まであがってこないのです。毎日死にたいという
言葉が思い浮かぶけど、そんな事は両親にも彼にも言えません。言わなくて元気にな
れるようにと、今まで何かを探してきました。そんな時かっこちゃんのメルマガを知
り読みはじめました。最初はかっこちゃんの文章の中には綴られていないかっこちゃ
んの悲しみが私の心に入ってきてしまうのか、心が重たくなって読めませんでした。
でも、だんだんかっこちゃんも元気になってきた気がして気軽に読めるようになって
きました。そんな時ムック本が発売される事を知りました。なんだか買わなくてはと
思いました。病気の方々の事を知る以上に私が生きていくために必要かもしれないと
思ったからです。本を読んでDVDを見ていたら、講演会私も行ってみたいな〜どこ
でやっているのかな〜と何となく思いました。

そんな翌日のこと、友人からメ−ルが来ました。かっこちゃんの講演会のお誘いでし
た。。。その時のおどろきはすごかったです。友人と私はそれぞれ違うル−トでかっ
こちゃんと繋がっていました。でもお互いそれを知りませんでした。講演会に誘って
くれた友人はかっこちゃんの人物像をどうやって私に説明したらいいか朝から考えて
いたそうです。でも私の方が本を何冊か買っていたりで、友人より少し多く知ってい
ました。不思議な出来事に私は、もしかして、これって神様のおはからいなの?とド
キドキしました。そして、ちゃんと無事講演会に参加出来たら宮ぷ〜さんに伝えたい
事があると何だか思いました。私のために祈ってくれませんかそんな願いが私の心に
生まれていました。そして当日何かがやさしく背中を押してくれたのか、かっこちゃ
んに伝える事ができました。最後みんなで手を繋いで輪になる時、かっこちゃんは私
のとなりにきて下さって手を繋いでくれました。あたたかい手がやさしくて、みんな
で満天の星を歌っている間もうれしくて、ぽろぽろ泣いていました。宮ぷ〜さんや、
ご一緒して下さったみなさまや、かっこちゃん、小林さん、世界中のみんなや、ご縁
のある人達、両親、弟みんなに祈っていたと思います。これからも祈ってます。宮
ぷ〜に伝えるねと言って下さって嬉しかったです。かっこちゃんありがとう。かっこ
ちゃんの事も祈っています。出会えてよかった。ありがとう。
・ ・・・・・・・・・

まゆみちゃん、私こそありがとう。私こそ、「じゃあ、私はまゆみちゃんと手つなご
うかなあ」と言ったら、すごく素敵ににっこりと笑って、手をつないでくださってう
れしかったです。まゆみちゃん、千子さんが言っておられたよ。みんなで素敵なハー
モニー。合唱隊だって。みんなでひとつの歌をかなでているんだって。宮ぷーにまゆ
みちゃんからもらったメールよんだら、宮ぷーはすぐに目を閉じて祈ってた。だか
ら、私もあわてて、宮ぷー、私も一緒に祈るよってお祈りしたよ。私は欲張りだか
ら、まゆみちゃんのことや、みなさんのことをお祈りしたあとに、必ず、宮ぷーが痛
くありませんように、つらくありませんようにってお祈りする。宮ぷーは自分のこと
は祈っているのかなあ。ねえ、まゆみちゃん、もうだいじょうぶだよ。だってね。み
んながいてくださるよ。だから、だいじょうぶだよ。ね。私ね。今日すっごくいいこ
とに気がついたの。四つ葉のクローバーを見ていて気がついたの。でも、それかく
と、ものすごく長くなっちゃうから、明日必ずかきます。すっごくいいことなんだ
よ。

今日はよっきーさんはおはなし大好きのページに「宮ぷー便利グッズ」をアップして
くださいました。http://ohanashi-daisuki.com/ぜひ、感想やご意見も教えてくださ
いね。お願いします。

かつこ

またお仲間ができてうれしい

  • 2010/06/13(日) 18:12:04

今日は浜松へ向かっています。お友達が待っていてくださるのです。ああ、あの楽し
くてうれしかった沖縄から、もう一週間が経つのですね。うーんと昔のような気もす
るけれど、つい昨日のような気もします。
昨日、宮ぷーが「でんわしてね」と私に言いました。私は「うん、メールちょうだい
ね」って言いました。電話だと、宮ぷーの声が聞こえないので、私が一方的に妹さん
の恭子ちゃんの電話にしゃべりつづけて、それを宮ぷーが聞いている感じなので、ど
んなふうか私にはあまりわからないのです。宮ぷー、メールくれるかなあ。

岐阜近くまで来たときに電車が止まってしまいました。放送でどこかで何かの事故が
あったとのこと、そして復旧の見通しが立っていないので、岐阜駅で名鉄線に乗り換
えができますと言っていました。いつも、小林さんがいてくださるので、私はのんき
にかまえています。でも、小林さんはいつも最初の乗り換え地点のホームで待ってい
てくださるのです。小林さんに電話をして、「名鉄線に乗り換えた方がいいでしょう
か?」と言いました。「荷物持って歩ける?」と小林さん。少しくらいならだいじょ
うぶと思った私は「すぐにみなさんの後を追います」と電話を切りました。けど、そ
の行列の方はずっとずっとありさんの行列みたいに歩いておられたよ。こんなに離れ
てるの? 本当に名鉄岐阜駅に向かっているの? と不安になって、宮ぷーのパソコ
ンに「だいじょうぶかなあ。ちゃんとつけるか心配」とメールをしました。でも、離
れていたけとちゃんとついて、それで、みなさんが乗られた電車に乗って、名鉄名古
屋駅に来れて、そこで小林さんが待っていてくださって、無事に浜松に来れたのでし
た。ああよかった。

今日は浜松のお弁当の知久屋さんが呼んでくださっていました。知久さんとはずいぶ
ん前からお友達です。旅も二度ご一緒することができました。知久さんはいつも「う
ちの社員は本当に素晴らしくて」「社員のおかげで旅にも出れて」「僕の守りたいも
のは、社員とお客様と家族で・・・」というふうに、社員さんをとても大切にされ
て、ほめておられるのです。そんな素敵なみなさんにお会いできるのが楽しみでし
た。大好きな浜松のお友達もたくさん来てくださって、温かな会でとてもうれしかっ
たです。懇親会で社員のみなさんが感想や質問を言ってくださったのですが、私は知
久さんが、いつも自慢にされている社員さんが、本当に素敵だなあと思いました。社
長さんが、社員さんを大好きで、大切に思っておられて、みんなに何度も「ありがと
うね。ありがとうね」と言っておられて。だから、社員のみなさんも、社長さんが大
好きなんだなあって、そして、お仕事も頑張ろうって思っておられるんだなあと思っ
てそのことがとてもすごいなあと思いました。

そして私も、思ったのです。大好きな校長先生はいつも「みんなの笑顔のおかげで、
僕は今日も楽しいよ。ありがとうね。ありがとうね」とおっしゃって、そんな校長先
生が大好きで、頑張ろうって思えるんだなあと思いました。やっぱり、そうですよ
ね、「ちゃんとしなくちゃ」とか「しっかりしてくれないと困るだろう」というふう
にばかり言われていたら、毎日うれしく来れないもの。お昼も知久屋さんでいただい
て、とてもおいしかったです。ありがとうございました。知久屋さんは、「かつこさ
んと会って、会社の仕事の一部を,障害を持っておられる方にしていただけたらなあ
と思うようになって、今、タマネギの皮むきだとか、土作りとかをしてもらっている
んですよ」って言ってくださいました。そして、今日は授産所の方も来ておられて、
私もそのこともうれしかったです。ムック本の三人の科学者の方がおっしゃってるこ
と。社会には障害や病気を持っておられる方が,絶対に存在する。その人が、病気や
障害を受けてくれたんだ。だから社会は病気や障害を持っている人を支えていかなけ
ればならないんだいうようなことでもあると思うのです。知久さんはそのことをして
おられるんだなあと思いました。知久さんや知久さんの弟さんや、社員のみなさんに
お会いできたこと、とてもうれしいです。

今日は智恵美ちゃんとおっしゃる方からメールをいただきました。
その方のメールは最初に「私とかっこちゃんは何が違うんでしょうね」って書いて
あったのです。なんだかドキっとしました。
・ ・・・
わたしとかっこちゃんは何が違うのでしょうね。かっこちゃんと宮ぷーさんのことを
知ったときに、二人はなんて恵まれているのでしょうと思いました。二人はいつも幸
せそうで、私たちはどうしてこんなに不幸なんだろうと思いました。けれども、つい
先日、かっこちゃんと宮ぷーさんはリハビリの先生がついていないんだということに
気がついたのです。全部リハビリをおひとりでされているんだということに衝撃を受
けました。前から書いてあったようでしたが、読み飛ばしていたのかもしれません。
そのことに気がついて、私は全てについて気がつきました。

 私はこれまでいつも人を責め続けてきました。主人が倒れたのは自業自得。主人は
アルコール中毒でした。毎晩の飲酒をやめられなかったのです。毎晩飲まない方がい
いとあれほど言ったのにと主人を責めました。たばこも倒れる3年前まで一日に一箱
以上。食べ過ぎでした。主人は自分のせいで自分が倒れたのだから、それはもう仕方
のないことだとしても、なぜ私の人生まで変えられなくてはならなかったのかと、主
人を責めると、主人は口から言葉を出せないのですが、顔をゆがめて泣くのです。宮
ぷーさんの倒れた状態を知ったときに、主人の方がましだったのです。意識がなく
なったのは、ほんの数日のことでした。最初から手も少し動いていました。それなの
に、尿管も外せずに座ることすらできずにいます。医者が悪い、看護師が悪い、病院
選びがまずかったのだと、搬送した救急車も責めました。ひどい医者と看護師、OTや
PT(リハビリの先生のことです。かっこ注釈)に嫌気がさして、けんかをして、転院
しても事態は変わりませんでした。主人は少しはよくなる兆しがあっても、自分の言
いたいことを伝えられるような方法をきちんと教えてもらえず、とうとうリハビリも
切られて、ただ、死を待つだけなんだなと思いました。そしてそのたびに、主人を責
め続けました。あなたが自分勝手に、私や家族の人生までめちゃめちゃにしたのよ
と。これじゃあ、まぐろと一緒でしょう。人間なら座りなさい。ちゃんと話をして
ちょうだい。ちゃんと治りなさいよと主人を責めて、ベッドのそばで泣く毎日でし
た。それでも、主人は私が来ると、私の方をじっと見て、待っていた様子を見せるの
です。

宮ぷーさんの回復には、よほどすばらしいPTやOTがついておられるからなのだと勝手
に思い込んでおりました。誰のことも責めないかっこちゃんと、全てのことを誰かの
せいにし続け、誰かを責め続けてきた私に気がついたのです。リハビリを切られた今
は、それは看護師や介護士の仕事と思い、いっさいリハビリから目をそむけていた私
にも気がつきました。気がついて、昨日主人に話をしました。かっこちゃんと宮ぷー
さんの話をしました。「あなたを責めてばかりいてごめんなさい」と言いました。
主人は顔をゆがめてまた泣いていました。私はこんなに責めていても、主人を愛して
います。だから、毎日来ていたのです。主人も私を愛してくれています。今から何か
が変わっていけると思います。私も主人も何かが変われると思います。かっこちゃん
と宮ぷーさんに感謝の思いを伝えたくて・・・智恵美
・ ・・・

智恵美さん、私、智恵美さんがどんなにおつらかっただろうと思って、どんなに苦し
い思いをされただろうと思って、泣けました。智恵美さん、私のこと、「誰のことも
責めないかっこちゃん」と書いてくださったけど、私はそんなことはないよ。時々、
あー、とかもう・・とか思ったりするもん。そして、つい誰かのことを責めたくなる
こともあるよ。でも誰かを責めると心がぎゅーって痛くなって苦しくなるよ。智恵美
さんも苦しかっただろうなあと思いました。責めないでいるときは本当に楽です。誰
かを責めようとしたら、誰かの責任だと思うから前向きになれないけれど、これは、
あたわりだとか、あたわった人生だとか、これも、ぜったいに理由があって、いつか
のいい日のためにあるんだとか、神さまのご計画のひとつなんだなと思ったら、自分
が今、したらいいことをしようと思えるようになりました。そして、今日は手を動か
して、足も動かしてちょっと座ったりもしようと思って、そして長く続けると、それ
が結果として表れてきて手が動くようになったり座れるようになると、もうこんなに
うれしくて幸せなことがあるだろうかって思うよ。智恵美さん、私と智恵美さんは違
わないよ。一緒だよ。そして、一緒に頑張る仲間だよ。あー・・いいことに気がつい
たよ。一緒に頑張る仲間がまたできちゃった。わーい。うれしい!! 智恵美ちゃ
ん、ご主人と智恵美ちゃんと二人っきりじゃないよ。いつも、みんなで助け合って生
きてる。ここに心を寄せてくださるみなさんは本当に温かです。だいじょうぶだい
じょうぶ。えいえいおーなのだ。がんばろう。

宮ぷーが返事をくれました。「おくれないといいね」優しいメールでうれしかったで
す。

かつこ

時期を決めるのは?

  • 2010/06/05(土) 23:37:24

明日は沖縄です。夏に近いこのときに、沖縄に行けるのがいっそうすっごくうれしい
のです。ああ、うれしいなあ。沖縄大好き。今年は北海道も行けるのです。残念なが
ら旭山動物園とちゅらうみ水族館はお預けだけど、でも、駅や空港へ行ったときに、
ちらしを観るだけでも、ああこの近くにあるんだあって思ってすごくすごくうれしく
なるよ。

 中学一年生の理科のはじめのところに、植物の観察という単元があります。めしべ
の先の「柱頭」やおしべの先っぽの「やく」とかを観察したりもします。小さいとき
から不思議だったことのひとつに、おしべとめしべのことがあります。花にミツバチ
や蝶がやってきて、「やく」の花粉が足について、近くのめしべにつくと受粉する。
(そうでない他花で受粉する植物もあります)どうして、同じ花の中なのに、最初か
ら虫の力を借りるようにできているのかなあと言うことが不思議でなりませんでし
た。だって、何もかもこんなに完全にうまくいくようにできているなら、どうして誰
かの手を借りる必要があるのだろう。だって、もしかしたら、蝶が飛んでこないかも
しれないよ。蜂が飛んでこないかもしれないよ。だったら、最初から、実になればい
いのに・・・。それが不思議でなりませんでした。

 東京大学に今、おられる福島智先生が、金沢大学におられるときに、お友達になり
ました。福島先生が教えてくださった吉野弘さんの「生命は」という詩を、私はとっ
ても好きになって、魔女モナの物語(三五館・青心社)の中でも使わせていただいた
のです。
・ ・・・
生命は    吉野 弘
生命は 自分自身で完結できないように つくられているらしい 花も めしべとお
しべが揃っているだけでは 不充分で 虫や風が訪れて めしべとおしべを仲立ちす
る 生命はすべて そのなかに欠如を抱き それを他者から満たしてもらうのだ 世
界は多分 他者の総和 しかし 互いに 欠如を満たすなどとは 知りもせず 知ら
されもせず ばらまかれている者同士 無関心でいられる間柄 ときに うとましく
思えることさも許されている間柄 そのように 世界がゆるやかに構成されているの
は なぜ? 花が咲いている すぐ近くまで 虻の姿をした他者が 光りをまとって
飛んできている 私も あるとき 誰かのための虻だったろう  あなたも あると
き 私のための風だったかもしれない
・ ・・・・

宇宙は、お互いに欠如を満たしているということを知りもしないで、その結果、花が
咲き、実が実り、あるいは、蝶や蜂も、お腹を満たす。花には、花でたぶん受粉をす
る必要性があるのだと思うのです。他の宇宙とつながることで、蝶も蜂も動物も、そ
して私たちも、宇宙や神様とつながって、たとえば、蝶が、あなたは花の蜜をすいな
さいとか、キャベツに卵を産みなさいという神様の声に気がついてはいないかもしれ
ないけれど、わき起こってくる、自分のしたいことをして生きていて、そして、すべ
てがうまくいくように成り立っている。それはきっと人間も同じなのかなあと思いま
した。自分のしたいことをしていて、結果的に、誰かの役にたっているかもしれない
けれど、必ずそれは、自分にとってもとても必要なこと。誰かのためにというより、
やっぱり自分のためにしていることなのかもしれないなあと思いました。

今日は宮ぷーから日中にメールがありました。「きどんせっかいとらないって」うー
ん。どういう意味だろう。うまく打てなかったのかな? でもたぶんお医者さんに気
切をとってほしいとお話してみたけど、「だめだよ」って言われちゃったってことか
なあ。「大丈夫大丈夫。今がそのときじゃないだけ、必ずとれるよ。とれるときが来
るよ」そうお返事を出しました。お医者さんは、もしかしたら、ずっととれないと思
われるかもしれない。だって、宮ぷーの出血は本当にすごくすごく大きかったから。
でも、とれるよ。ついている管は必ず全部とれる。胃ろうの管もとれるし、気切の管
もとれるよね。そのときがくれば必ずとれるよね。

 病院へ行くと、宮ぷーはちょっと変でした。いつものように、頭をあげようとして
くれるけど、「どうしたんだろう。うまくいかない」と言って、本当にできないので
す。手もあまり動かない。「どうしたんだろう」宮ぷーが心配そう。「だいじょうぶ
だよ。ねえ、宮ぷー、気管切開の穴をふさぎたいと言ったら先生はなんとおっしゃっ
たの?」「できることとできないことがある できないといった」と宮ぷーが顔をゆ
がめて言いました。「宮ぷー、先生は、宮ぷーのいろんな様子を考えてくださって、
今そうおっしゃってくださったかもしれないけれど、ずっとじゃないよ」宮ぷーが首
を悲しそうに振りました。どうしよう。宮ぷーはきっと不安でできないんだ。怖がっ
てる。一生懸命お話ししてみよう。そうしたら、大丈夫ってわかってくれるかもしれ
ない。そう思って、宮ぷーに一生懸命話をしました。

「気切が閉じる時期を決めるのは、誰? 先生ではないよ」私が言うと、宮ぷーは不
思議そうに首をかしげました。「みやぷー?」と宮ぷーが言いました。「宮ぷーでも
ないよ」「かっこちゃん?」「あはは、違うよ。宮ぷー、おしっこの管のとれたとき
の話を聞いてね」私は宮ぷーにおしっこの管がとれたときの話をしました。そのこ
ろ、宮ぷーは尿管を入れていました。入れないとおしっこが出なかったのです。そし
て、その管は一生とれないだろうと、どの病院でも言われてきました。でも、私はそ
のたびに、きかんぼうだから「かならずとれます。だいじょうぶ。今その時期ではな
いだけで、時期が来たらとれます」とお医者さんと宮ぷーに言いました。本当にきか
んぼうです。夏のある日、私は研修会で出張でした。朝、病院へ寄ったら、尿管の入
れ替えだと言うのです。尿管の入れ替えは痛むしどうしても出血をしてしまいます。
宮ぷーも顔をゆがめていました。「怖いの?」と言うと、まだ、気持ちを言葉で伝え
られない頃で、まぶたをぎゅっとして怖いと言いました。「痛くないようにずっと
ずっと祈っているね」そう言って、病室をあとにしました。

ああ、尿管がとれたらいいのに、そんなふうにも思っていました。そのたびに痛い思
いをするからって。出張から戻ったら、看護師さんが、うれしいことを教えてくだ
さったのです。「管を泌尿器科の先生が替えようとされて、抜いたちょっとの間に、
おしっこがびゅーって出て、先生がおしっこだらけになったの。もしかしたら、自分
でできているかもしれないから、一週間後に朝、管を抜いて、昼に先生が病院に来ら
れたときに、おしっこが出ていたら、もう管は入れないそうです」そのときに、たく
さんの方が、一週間後におしっこが出ていますようにって祈ってくださって、そし
て、宮ぷーは尿管をはずすことができました。本当にうれしかったです。

「ねえ、宮ぷー、そんなに短い間におしっこが出るって、私はそんなことはめったに
ないと思うの。だって、あっという間の時間だもの。でも、そのときにおしっこが出
たから、尿管がとれて、今はときどき尿器におしっこができるようになったんだよ
ね。一生とれないって言われていたのに、その時期を決めたのは誰? お医者さん? 
違うよね。宮ぷーの身体がそうなって、そして、ちょうどそのときにおしっこを出し
てくださったのは、私はやっぱり神さまだと思うの。神さまが一番いいときに、とれ
るようにしてくださったのだと思う。だから、その時期が来たら、必ずのどの管もと
れるし、胃の管もとれるよ、その日がくるよ」宮ぷーは泣いていました。どんな涙
だったのかな? そして「すわる」って言って、うれしいことに、首を起こすことが
できました。ああ、よかった。本当によかったです。

きっと心配だったり、先生がおっしゃるのだから、ずっととれないままなんだって
がっかりしちゃったのかな? 宮ぷー、私は、一度だってとれないままだって思った
事がないよ。だって、だいじょうぶだもん、そうなんだもん。だって、こんなにたく
さんの方がいてくださるんだよ。みなさんが祈ってくださるんだよ。無敵だよ。ね、