無理をします

  • 2010/05/31(月) 23:32:02

昨日は売店でおせんべいやクラッカーを買いました。このあいだ熱が出てから、しば
らく食べることはお休みしましょう、けれど、今度は、また嚥下指導のほうから再開
していきたいので、こちらの体制を整えるから待っていてくださいねと言ってくだ
さっていて、それで、ずっと食べる練習はお休みをしているのです。それでも、宮
ぷーの食べたい気持ちは強いです。どうしたらいいのかなと思って、やぶれにくいビ
ニール袋を買ってきて、そこにお菓子をいれて、噛む練習をしています。宮ぷーは味
もしないし、粉すらも、口に入ることはないけれど、それでも噛む感覚がとてもうれ
しいと言います。だから、そのために、いろんなお菓子を選びました。ポッキーと
か、ビスケットも買いました。ポキポキと口の中で音がするのが、とてもうれしいの
だそうです。それから、エアーだけど(あると思ってだけど)スプーンをにぎって、
おすしや、それから、チャンピョンカレー、COCO壱カレーや、私の作ったカレーも食
べました。エアーだけど。今までよりずっと上手にスプーンを握れるようになってい
て、そして、口も上手にもぐもぐと動かしてくれます。そんなとき、やっぱり唾液も
上手にゴクンができていて、私も宮ぷーも、食べる練習の再開をすごくすごく心待ち
にしているのです。

 昨日届けてくださった1/4の奇跡のムック本をさっそく宮ぷーのところに持って
きました。視力が落ちているので、細かなところはよく見えないと思うのです。で
も、写真は見えるし、絵も見えます。宮ぷーは「かっこちゃん よかったね こうし
てただでだしてくださるかたがいてありがたいね」と言いました。ああ、母とおんな
じことを宮ぷーは言うんだなあと思いました。母も本を出していただくたびに、
「かっこは幸せだね。お父さんは川柳の本をきっといっぱい出したかったと思うけれ
ど、(父は長く川柳をしていました)本を出すことは簡単なことじゃないものね。普
通ならお金もいっぱいかかるのに、こうして本を出してくださる方のこと、感謝の気
持ち忘れないでね」宮ぷーも私の家族のような気持ちで、ありがたいと言ってくれる
のでしょうね。でも、宮ぷーや母の言うとおりです。絶対にそのことを忘れずにいた
いです。今村さんありがとうございます。

 あとがきに宮ぷーのことを書いたので、あとがきをまず読みました。前は「男は泣
いちゃいけない」みたいな宮ぷーだったけれど、今は、ちゃんと気持ちが出せるよう
になったのか、よく泣きます。あとがきでも、泣いて、そして、またすぐに昨日の言
葉を思い出したのかなと思ったのだけど、「ほらわたしたちわらっているよ」と言い
ました。本とその言葉とどう関係があるの? あとがきには宮ぷーが倒れたばかりの
ことを少し書いたのです。 宮ぷーはその言葉を聴いたからか「もうわらえないとお
もったのにいっしょにわらえてるのがうれしい」と言いました。「やっぱり、いつか
のいい日のためにどの日もあるって思う?」宮ぷーは頷きました。私、すごくうれし
かったです。宮ぷーがまだ意識がないと思われていたころ、気持ちを伝えられるよう
になってほしいとすごく思っていたけど、でも、あまりにつらかったり、ショックで
「死んでしまいたい」とか「あのときいっそ死んでいたらよかった」って言ったらど
うしようと怖かったです。でも、宮ぷーは少なくとも私には一度もそんなことを言わ
ずに居てくれました。それでも、すごくつらい毎日だったと思うのです。だから、
きっと今、笑えることが泣けるのだと思います。

 あとがきのあと、私の文章をひとつ、そして、柳澤桂子さんのところと、四方哲也
さんと新原豊さんの文章を読みました。宮ぷーの感想がおかしかったです。「かっこ
ちゃんいがいはむずかしいことばがちゃんとでてくるね かっこちゃんむずかしいこ
とばしらないからなあ」それから「かっこちゃんはしょうがくせいからしんぽをして
いないけど でもまあいいよ」と言いました。いつも校正をしてくれていた宮ぷーだ
から、私があまりにも難しい言葉を知らないのをよくわかっているのです。「でもま
あいいよ」と言ってくれたので、ちょっとほっとしました。

私が、病室の整頓とかをしていたら、宮ぷーがレッツチャットで「たてる?」と聞く
のです。「今?」と聞くと「いつか」と宮ぷーが答えました。私はすぐに答えまし
た。「もちろん、必ず立てるようになるよ」そう言いながら、どうしようとも思いま
した。絶対に治る。宮ぷーが治りたいように治ると信じている私です。だから、立て
るようになると思うのです。でも、このままじゃ立てるようにはなりません。だっ
て、足に体重をかける練習をしていないからです。座る練習は、ベッドの上でも、横
に座ってもできるけれど、立つ練習は、むずかしいです。リハビリのお部屋にあるベ
ルトで体をつりさげるような装置があれば、いいのだけど、でも、リハビリはもう終
了しています。

 けれど、私は即答していまいました。「もちろん」って。即答したということは
きっとできるようになるということです。なんだかそうだと思うのです。今日は足に
力をぎゅっと入れる練習をしました。立ってるつもりで、足に力を入れてねと言いな
がら、ギューとしたから押す練習をしました。それから、座る練習もいっぱいした
よ。宮ぷーが「むりしないで」と言いました。「私のこと?」宮ぷーがそうだという
のです。「ありがとう。でもね。私、無理はするよ。だって、私、力がないもの。で
も、無理しなかったら、座るときに起こすことも、なにもできないよ。だから、無理
をするよ。でも、だいじょうぶ。私は強いから。本当に強いからだいじょうぶ。力は
なくても、でもできるよ。だって、誰も越えられないような山を一緒に越えていくん
だよ。だから、無理はする。宮ぷーも無理をしなくちゃ越えられないよね。一回一
回、必死になって頑張ったら、それは必ず明日へつながっていくもの。そうだよね。
宮ぷーも笑うことなんてないと思ったけど、笑ってるって言ってたよ。どのことも、
ちゃんと明日へつながるよ」

 今日はお隣のお部屋に入院されている方とお友達になりました。前に売店でお会い
してちょっとおしゃべりしただけだったのだけど、今日はいっぱいおしゃべりできて
うれしかったです。ご主人が宮ぷーと同じように脳幹のそして梗塞で倒れられて、
(宮ぷーは脳幹出血)4年目だとのことでした。お年も宮ぷーとひとつ違いとのこ
と。車椅子を、手や足でこいでおられる姿が本当にかっこいいのです。奥様は、「だ
いじょうぶ。少しずつだけど、必ずよくなるから」と言ってくださいました。最初の
ご様子がどんなふうかということまではうかがうことができなかったけど、宮ぷーも
必ずもっともっとよくなると言っていただけてうれしかったです。そして、このあい
だもそうだったけど、今日も「がんばりましょうね」と言ってくださるのです。その
方が、レッツチャットを指差して「これはなんですか?」とおっしゃいました。ご主
人は手が動くので、あいうえお表を自分で指差してお話をしておられるとのことでし
た。手がうごくときにはトーキングエイドとか、DSのあのねとかもあることをそう
だ、今度お話をしようと思います。

 今日は、講演会のときにお友達にいただいた、ゴンチチのCDをまた聞きました。ゴ
ンチチのテネシーワルツも素敵です。私は弦楽器が好きです。聞くのも好きだけど、
下手なくせに鳴らすのも好きです。ギターとかバイオリンとか、三線とか二胡とか大
好きです。もうひとつおまけに作るのも好きです。木から切り出してなんてとても作
れないから、キットを買ってきて作るのが楽しくて、そうそう、宮ぷーが倒れる前頃
に、バイオリンとウクレレのキットにニスを塗って、仕上げました。もうずいぶん楽
器に触っていないなあと思いました。お昼ごはんもすぎていたのだけど、ずっと一緒
にリハビリをしていたら、宮ぷーが「ごはんたべておいで」と言います。「おむすび
があるからいいよ」と言うと、「カレーか、サラダ買っておいで カレーのにおいか
ぎたいから」と言うのです。宮ぷーは優しいね。そんなふうに言って、私が病室でご
はんを食べやすいようにしてくれるから。
 近くのカレーやさんのお隣に本屋さんがありました。久しぶりに、ウクレレを取り
出して、練習をしようかなとゴンチチを聞いて思いました。それで、ウクレレの本を
買いました。今日帰ったらちょっと練習してみようかな。

かわいそう!?

  • 2010/05/28(金) 23:30:01

「えーんえーんかわいそう わらっているよ えーんえーんなおってやる」
宮ぷーはこのごろツイッターなのかもしれません。昨日のことです。病院へ行くと、
独り言なのか、私に伝えようとしてかレッツチャットに言葉が残っているのです。私
はそのつぶやきを見て、コナンドイルさんか金田一耕助さんになって、いろんなこと
を推測します。「わらっているよ」はきっと「宮ぷーの歌」の歌詞だよね。「えー
ん、えーん、可哀想」っていったい誰が可哀想なんだろう。

「宮ぷー、可哀想なのは、宮ぷー?」宮ぷーは違うよと首を振りました。もしかした
ら、牛さんとか豚さんのこと? また違うというのです。誰のことだろう。え!? 
恭子ちゃん(妹さん)や涼ちゃん(おいっこさん)に何かあったの? またぶんぶん
と首を振りました。誰だろう。しばらく、足と手をマッサージしてたけどやっぱり気
になります。「ね、宮ぷー、誰が可哀想なの?」宮ぷーがレッツチャットで教えてく
れたのは、なんと「かっこちゃん」でした。えー!? 私がどうして可哀想なの? 
わかんないよ。どうして?と聞くと、宮ぷーは「がまんしてるから」と言いました。
「がまん? してないよ」本当なのです。私はがまんなんてしてないよ。それをどう
してえーんえーんと泣いちゃうくらいそう思ってくれたのだろう? 

「いたいはず つかれてるはず」そんなことないよ。「びよういんいってない」
え!? 美容院? あ、またセルフカットしたから? 昨日髪の毛をまた二度目なん
だけど、鏡を見ながら自分で切ったのです。髪を自分で切ったのを気がついてくれた
のかな? でも、宮ぷーは違うと言います。何だろう? あ、病院? 宮ぷーがうん
と頷きました。たいしたことないけど、実は少し病気があって、宮ぷーが倒れる前は
よく熱を出しました。でも、宮ぷーが倒れてからぜんぜん平気になったよ。それか
ら、もしかしたら、このあいだから、ほんのちょっと腰が痛かったのです。でも、
ぎっくり腰みたいに中の方が痛いのじゃなくて、なんだか外側かな?がぴりぴり痛い
のが少し続いていました。私はわからないようにと思っていたけど、でも、それで、
もしかしたら、腰をとんとんたたいたり、私知らず知らずにしちゃったのかな? で
も、それだって平気だよ。宮ぷー、病院なんて、行く必要ないから行ってないだけだ
よ。宮ぷーのおかげで、なんか私、めっちゃ強くなったから。「いきたいとこは」行
きたいところ? ざんねんでした。行きたいとこはここだよ。ここに来たくて来てる
よ。

 ゆうこちゃんとももちゃんが歌ってくれてる「宮ぷーの歌」のCDを今日もかけた
よ。宮ぷーは、「ほらわたしたち笑っているよ」と言うところで、何度も泣くので
す。どうして笑っているよのところで泣けるのかな?
 宮ぷーでも、えーんえーんって思って、そして治ってやるって思ったんだよね。そ
のことがとてもとてもうれしいです。

 今日病院へ行くと、宮ぷーが今日も文章を作っていてくれました。
「ほら わたしたち わらっているよ ないてしまう いいかしだね うごけなくて
ごめんね からだはだいじょうぶなの ごはんちゃんと たべてね ありがとうござ
います」
宮ぷーはやっぱりわらっているよのところが泣けるというのです。どうして泣ける
の?というと、「かっこちゃんかわいそう ぼくがわらえないから」と言いました。
そんなときどう答えていいかわからなくなってしまうのです。「えー!? 宮ぷー
笑ってるよ。四つ葉がお部屋の真ん中でうんちしてたんだって」そういうだけで、
肩を震わせて笑っていました。けれど、宮ぷーの言うとおり表情は変わらないので
す。無意識に笑顔ができるようになるといいんだけどなあ。宮ぷーが、こんなふう
に、レッツチャットで優しい言葉をいっぱいいっぱい並べてくれること。 こうし
て、心が伝えられることの幸せを思いました。

 昨日、また座っているところの写真をとって、前の写真と比べたら、ものすごく
しっかり座れていることがわかってとてもうれしかったです。首も今までは私が、少
し体を倒して、支えているときにしかあげられなかったのに、昨日は、一人で座って
いるときも、首をあげることができました。うれしくなって、いちじくりんにアップ
したら、みなさんがすごいすごいと言ってくださいました。ありがとうございまし
た。

 昨日、マクトスについてのメールをいただきました。マクトスは、宮ぷーとどこか
で、レッツチャットなどのスイッチが入れられる場所がないかと探していたときにお
世話になった機械です。脳波でスイッチをいれるものなのです。そのころは、宮ぷー
は体のどこもほとんど動かず、まばたきはしていたけれど、始終まばたきをしてい
て、返事のときだけしっかりまばたきをするので、それで、区別をしていたので、ま
ばたきスイッチを使うことはまだむずかしいことでした。結局、宮ぷーは首が動き出
したので、マクトスではなく、首や指を使ってスイッチを押すことができるようにな
りました。マクトスを作っておられるテクノスジャパンさんが、宮ぷーのところへ何
度も足を運んでくださって、すごくていねいに使い方を教えてくださって、そして、
結局、スイッチが他で使えるようになったので、デモ機をお返しする電話をかけたと
きに、「よかったですね。僕たちは商品が売れるということもそれはうれしいけれ
ど、それよりも、気持ちが伝えられるようになることを心から喜んでいるのです」と
言ってくださいました。そのマクトスについてのことでした。

・・・・・・
 かつこ様おはようございます。いつもメルマガをありがとうございます。今朝、名
古屋の情報番組のピーカンテレビを見ていましたら、難病などによって言葉を失った
方がマクトスを使ってコミュニケーションをとられるという特集をやっていました。
マクトスを使ってご家族の方と会話をされ、またそのうちのお一人の方は和川次男さ
んとおっしゃいますが、「声とどけ」という詩集まで出版されていました。もう一人
の方は音声につなげて漫才までされ、夢はM-1出場とおっしゃられていました。上手
く言葉では言い表せませんがごくごく自然に穏やかにご家庭で生活されている姿がと
ても印象的でした。たくさんの方がこんな風に過ごせられたら…と思いました。
・・・・・・

 マクトスはスイッチのひとつ、頭を横に動かして入れるスイッチや手のボタンス
イッチなどスイッチはいろいろあります。そのスイッチをレッツチャットや伝の心や
ハーティーラダーとつなげて、おしゃべりをするのです。本当に、自分の思いを誰も
が伝えられたらいいと、宮ぷーとおしゃべりをするたびに、思います。毎日のように
思います。

安心の今村さんからお知らせがありました。わあ、すごい急なお知らせです。ムック
『1/4の奇跡』もツイッターを始めたそうで、『1/4の奇跡』のアカウントは
「1over4」だそうです。(私は「kakko_y」でつぶやいています)それでね、そして、
わかったのですが、ツイッター限定の「ムック本プレゼントキャンペーン」というの
を開始されたのだそうです。でも、あともうちょっとしか時間がないのです。わあ、
こんなに時間がないのは初めてです。つぶやくといいことがあるというキャン
ペーン。それは、6月2日の発売日よりも早く届く可能性が高いのだそうです。締め切
りは28日(金)正午までとのことでした。それは今日のこと。もしもし可能なら、ツ
イッター大作戦。お願いいたします。でも、本当にできられる方だけで、決して無理
はなさらないでくださいね。よおし、よおし、よおし。ムックかつで、宮かつで、意
思伝達かつなのだ(コンカツみたいなことです)

人の温かさでいっぱいの海

  • 2010/05/16(日) 23:25:51

5時56分発のサンダーバードに乗っています。今日もいいお天気です。昨日は学校の
みんなと小松のお祭りに出かけました。お旅まつりとかお旅とかいうお祭りで、小学
生の女の子が山車(だし)の上で歌舞伎を演じるのです。東京から毎年歌舞伎を教え
にきてくださる方がおられて、いろいろな町内で、出し物が演じられます。ずいぶん
歩いたから、今日は足が痛くて、ああ、宮ぷーも筋肉痛とかに本当はなっているのだ
ろうかと思いました。今朝もベッドに起きたときに、宮ぷーが座っている姿を思い出
してやってみました。足を前に出して、少しまげて、ガニマタのようにして座りま
す。背中は丸くて、首もすっかり前に落ちてしまっているけれど、自分で宮ぷーのつ
もりになって座ってみると、改めて、身体のいろいろなところに力が入っていること
を感じて、宮ぷーすごいよと感動を覚えます。

昨日の夜もベッドの上で座る練習をしました。首を起こすのも一日にひとつ増えてい
くようにしたので、5回の首起こしが8回になりました。宮ぷーは意識をしないと首が
がくんと下に垂れてしまっていて、上を向いてというと、首の筋に力が入るのが見え
て、前をにらむように目に力が入って、そして、まず前を向いて、それから天井を見
るようにして、私が後ろにいるので、後ろに頭が倒れるまで、起こし続けるのです。
それができて首起こし一回できたとなるのですが、昨日は8回起こすのを二度しまし
た。二曲分、身体を揺らして、それから、首起こしを8回して、そして、私が宮ぷー
の背中に自分の身体を押しつけるようにして、腕を後ろへそらすことで背中を
ぎゅーっと伸ばす運動を5回して。そして座る練習をしました。バランスがとれない
と座れないけど、ちゃんととれたら、何分か座っていられます。すごいすごい。もち
ろん倒れてきたらすぐに支えられるようにそばにいながら、昨日はさっと写真も撮り
ました。

終わって、ベッドに寝た宮ぷーは、レッツチャットで文字を綴り出しました。「あり
がとうね」 「どうしたの?急に」宮ぷーに聞くと「ひとりですわれてる ゆめみて
るみたいだった ありがとう」と書いてくれました。そして宮ぷーが涙をこぼしまし
た。ああ、宮ぷー、こちらこそありがとうだよ。宮ぷーいつも頑張ってくれてありが
とう。人の持っているすごい力を宮ぷーはいつも私に見せてくれるよ。不可能ってな
いよって教えてくれるよ。宮ぷーが首を起こすだけで本当にどんなに大変なことか、
すごくわかる。そして、その次には必ず、その大変さをちょっと克服して、上手に
なっていく宮ぷー。それが私にどんなにどんなに大きな励みになっていることだろ
う。そして、楽しみになっていることだろう。急に涙がぼろぼろとこぼれて、とまら
なくなりました。ありがとう、宮ぷーありがとう。

今日もお友達になって頂いた女の子のメールを書かせてください。
・・・・
会ったこともないかっこちゃんにメールをするのは少し勇気がいりましたが、メルマ
ガを読んでいて、このひとにわたしのことを知ってほしい、と思ったのでこれを書い
ています。 わたしは14歳のころから精神科にかかっていて25歳のこれまでに何度か
入院も経験しており、19歳のときに躁鬱病と診断され、それからずっと躁鬱病と付き
合っています。

診断された当初は躁状態もひどく、誇大妄想があったり母に暴力をふるったりという
こともあったのですが、それらは服薬と病気を学習することなどでだいぶおさまりま
した。当時のような躁状態は今は現れません。現在の問題はむしろ鬱状態のほうで
す。実はこれを書いている今も鬱状態です。 わたしの鬱は、食欲が異常に増して過
食があらわれること、体を清潔に保つことができなくなる、などが主な症状です。女
性として、とてもかなしい症状です。それだけでなく、こんな鬱状態が必ず訪れるの
で、働くこともできません。 働くことができない、に関連して言えば、とくに鬱の
ときでなくても、とても疲れやすいのでそれも困っています。わたしは、歩けなかっ
たり、体を動かすことが不自由だったり、ものすごい痛みを耐えなければならなかっ
たりするわけではありません。 だから思うのです。もし自分が宮ぷーさんのように
倒れてしまったら、あみさんのような癌になったら、今とは違う絶望感を味わうこと
になるだろう、と。きっと今より苦しい思いをするんじゃないかと。

だけどこうも思います。でも今わたしは苦しい。わたしはわたしの苦しみしかわから
ない。他人の苦しみを想像はできても、今、わたしが苦しい、この苦しみだけがわた
しが本当に感じられる苦しみだ。だから、世界中のひとがみんな苦しみをもっている
なら、そのどれもがそのひとにとって世界一の苦しみだとわたしは思います。
精神の病気はわかりずらいし、わかってもらいにくいです。それ自体が命を奪うわけ
でも、痛みを生むわけでもないですから。でも確実に生き辛さを与えます。
この病気にかからなければできなかった生き方をしているな、とあるとき気付きまし
た。犬と散歩しているときでした。すごい発見に頭がさあっと晴れるようでした。で
も、今鬱状態のただなかにあり、お風呂にも入れないわたしは情けなさでいっぱいで
す。

ここまで書いてあまりにも内容が暗く、なんだか悲劇のヒロイン気取りか? という
感じもしたのですが、そこまで自分しか見ていないわけではたぶんない、と思いたい
です。しなければならないことはわかっているので、あとはやれるエネルギーが湧い
てくるのを待つだけです(^-^) メルマガ、これからも楽しみにしています。かっこ
ちゃんの大きなプラスの力に元気をもらっています。 
・ ・・・・
本当にそうだと思いました。人の心や、苦しみや悲しみは決して比べられるものじゃ
ないのですね。今日は出雲へ向かっていますが、何年か前に出雲へ向かっていたとき
のことを書いた文章を思い出しました。これは「心の痛みを受け止めること」(PHP)
という私の本の中の文章です。

・ ・・・
去年の秋、山陰の出雲へ出かけました。電車の中から青い海をながめ、後ろへ後ろへ
飛んでいく松林をながめながら、私の頭の中は、一通のメールのことでいっぱいでし
た。私が初めての本を出したばかりのころ手紙をくださって、長く親しくしている方
からのメールでした。
 彼女は大きな悲しみの中にいました。今にも命を絶ってしまうようにさえ思えまし
た。すぐに彼女のところへ行きたかった。けれど、講演会場へ向かっている私には、
それはどうしてもできないことでした。私には今、何ができるのだろう。
いいえ、今、深く悲しんでいる彼女に、できることなど何もないということは、彼女
も私もよくわかっていました。私は電車の中でただ目を閉じて、小さかったときに手
を合わせたように、神様か、仏様か、宇宙か、何かとてつもなく大きな力をたのみ
に、ただ「彼女を守ってください」と、祈ることしかできないのでした。

出雲の講演会には、編集の仕事をしている友人、あっこさんが来てくれていました。
「かっこさん、私ね、時間があったから、出雲大社へ行ってきたの。お宝のおみやげ
があるのよ」
そう言って渡してくれたのは、真っ白い冊子で、出雲大社で自由にお取りくださいと
書かれてあった、美智子皇后の講演録(1998年、ニューデリーでの第26回国際
児童図書評議会基調講演録)でした。その講演の様子を、私はテレビで見ていまし
た。また同じことが書かれている『橋をかける』という本でも読んでいたはずなの
に、自分の講演会が終わったあと、再びその文章を目にして、涙が止まらなくなりま
した。
 皇后は基調講演の中で、幼い日に読んだ新美南吉の「でんでんむし」という童話の
話をされていました。

あるときでんでんむしは、自分の殻の中に悲しみがいっぱい詰まっていて、重くてつ
らくて前へ進めないことに気がつきます。そして友だちのでんでん虫に話をすると、
友だちもまた「僕の殻の中にも、悲しみがいっぱい詰まっているよ」と言うのです。
また違うでんでんむしにも尋ねると、やはり「僕の殻の中にも悲しみがいっぱいだ」
という答えが返ってくるのです。そうして、でんでんむしは、だれもがみんな大きな
悲しみを背負って生きていくことを知るというお話です。皇后は、大きくなるまでに
何度もこのお話を思い出されたそうです。
 改めてその童話を読み直し、誰もがみんな悲しみを背負って生きているように、皇
后陛下もまた、深い悲しみを背負っておられることを感じました。そしてまた、命あ
るものはみな、なんらかの悲しみを背負って生きているのだと思いました。

 生きていると、うれしいことや楽しいこともいっぱいあるけれど、悲しいこと、苦
しいこともたくさんあります。悲しんだり、苦しんだり、喜んだり、笑ったりしなが
ら、与えられたその人だけの人生を一生懸命生きていくしかないんだなあと、ホテル
の部屋でそんなことを考えていました。
 でんでんむしが、ほかのでんでんむしの殻の中の悲しみを背負えないように、今、
深く苦しんでいる彼女の悲しみがいったいどれほどつらいかを、彼女と違う私はどう
やっても知ることはできないし、また私が代わりに背負うことはできないのだという
ことも感じました。

そして、思ったのです。私がどんなに彼女のことを好きでも、彼女のことを大切に
思っていても、彼女の本当の苦しみや悲しみをわかることはできない。できないけれ
ども彼女のそばにいることはできる……離れていても、心はそばにいられるって、そ
う思ったのです。
人の心は、とても弱くてもろいものだと思います。人はけっしてひとりでは生きてい
けないのに、人と関わることで、その関わりの中で、深く傷ついたり、悲しくて逃げ
出したくなったり、もう一歩も進めないと感じてしまったり。

でも、こんなふうにも思うのです。人の心はもろくて弱い。だからこそ素敵なのでは
ないか。弱いからこそ、感じることが上手で、もろいからこそ、気がつくことが上手
なのではないかと。人の心の優しさや、自然の美しさに触れて、涙が止まらなくなる
ほど感じることができるのは、人の心がとても繊細だから。
 弱い心はとてもとても優しいです。そして、優しい心はまた強い心でもあると、私
は思いたいのです。
人生はよく航海にたとえられます。生きるということは、自分だけの人生という持ち
物を持って小さな船に乗り、大きな海を進んでいくことかもしれません。船をこいで
いくのは、大変で、舵をとるのに精一杯で、おぼれている人を助け上げることもでき
ない。大切な人がおぼれているのを助けられないのはとてもつらく、また自分もひと
りだけではさびしすぎますね。
・ ・・・・・・

何年も前に書いたこの文章。けれど、今は思います。大切な人がおぼれかけていると
き、そばにいたり、その方のことを思い続けることで、何かが変わっていくのだとい
うこと。それを教えてくださっているのはみなさんです。メルマガを読んでくださっ
ているみなさんはいつも、私のそばにいてくださる。宮ぷーのそばにいてくださる。
私は、私という自分だけの人生を持って航海している小舟かもしれないけれど、私の
下に広がる海は、多くの方の、決して「ひとごと」にしてしまわないみなさんの温か
いお気持ちの集まりの海だとそんなふうに思います。その海が、お一人お一人の航海
を支え続けている。今日メールをくださった方の小舟をきっと支え、宮ぷーを支え、
あみちゃんを支え、私を支え、多くの方を支え続けてくださっていると思います。

 またしてもムック本のお話しですが、50冊予約したよ、たくさん予約したよという
メールをいただいて、もう本当になんて言っていいかわからないほどうれしくて、そ
して心から感謝しています。もしもし、30冊とか50冊とか購入をしてくださるような
ことがあったら、ぜひ、私か、安心の今村さんにメールをください。たくさん買って
くださった場合割引などの方法があると思います。私や、このメルマガの返信での
メールでいただいたときは、今村さんに転送させていただきますね。お願いいたしま
す。
『安心』編集部 今村友信 TEL 03-3818-1251 FAX 03-3818-0378 
  メールt-imamura@makino-g.co.jp http://www.makino-g.jp/

島根のみなさんも本当に温かくて、涙が出ました。もうどこへ行ってもしょっちゅう
泣いていますが、だって、本当になんてなんて温かなのでしょう。優しいのでしょ
う。会場のみなさんが、包むようにしてお話しを聞いてくださって、大好きなお友達
がたくさんできました。こうして、日本のいろいろな場所が私の大切な場所になりま
す。