階段をひとつ

  • 2010/04/26(月) 22:59:16

免許証センターに来ています。
すごい人。ああ、びっくり。友達がね「免許センターに行くんだって? 予習し
た?」って聞くのです。「予習?」って聞くと「たくさんの中から、はいあなた、運
転してみて。はい、あなた、このマークは何のマーク?っていうふうに抜き打ちで聞
かれるんだよ」「そんなこと、今までなかったよ」「変わったんだよ。このあいだ」
ガーン。あわてて、昨日マークを全部ひととおりみました。へー。そうだったんだ。
このマークというのがいくつかありました。だめだよね。ちゃんと覚えておかなく
ちゃ。私は車がふらふらしているマークのことを、「酔っぱらい運転禁止」かなあと
思ったけど違っていたよ。そうだね。酔っぱらい運転はいつだって禁止だものね。

 ねえ、ゆうちゃん、でもね。そんな抜き打ちテストなかったよ。もしかして、ゆう
ちゃんいっつも冗談を言うから、また、私に冗談言った? でも、よかったよ。マー
クちゃんと予習したことは良いことでした。それから、怖い講習も、すごく怖かった
けど、よかったでした。だってね、本当はあまりにビデオが怖くて泣いてしまったの
です。だって、車がぶつかって、女の子がひかれて、ああ、お父さんもお母さんも泣
いていたよ。運転していた人も奥さんも泣いていたよ。私も泣いたよ。講習会の先生
が、「だいじょうぶですか?」と言ってくださったけど、あんまり大丈夫じゃなかっ
たよ。声をあげて泣きたかった。でも、「はい」とちょっと泣きながら言いました。

 ああ、でもよかったよ。ちゃんと無事に終わって、免許証もいただけました。
 病院へ帰って宮ぷーに「泣いたよ」と言うと、宮ぷーは「どらま」って言うんだ
よ。もうクールだなあ。

 みなさん、ジャジャジャジャーン。私は今日、みなさんに速報を流したいほどうれ
しいことがありました。宮ぷーに流してもいい?って聞いたら、「みんながあわてる
からだめ」と言いました。それで流せなかったけど、1時30分に尿器でおしっこ成
功。3時にも尿器でおしっこ成功。尿器をあてたら、自分でおしっこが出せたので
す。
わあ、私、また泣くよ。うれし泣きだよ。だって、宮ぷーは本当に大きな脳幹の出血
だから本当に、お医者さんがそう言われても仕方がなかったのだけど、宮ぷーは半月
以上も「内臓のどこも動いていません」という状態で、おしっこの管からようやくお
しっこが出たけど、「この管は一生とれないでしょう」ってお話しだったの。それ
は、救急病院から、移っても、違うお医者さんもやっぱりそうおっしゃったよ。仕方
なかったんだよ。お医者さんが悪いのじゃないの。そういう大きな出血だったから。

 夏に尿管がとれたときもうれしかった。やっぱり泣けたよ。そして、おむつの中で
おしっこがでたときもうれしかった。でも、今、また、新しい階段をひとつあがった
よ。そのあとは、時間があわなくて、できなかったけれど、きっと体がまた感覚を取
り戻して、「おしっこがしたい」という気持ち、少し我慢ができるようになれば、お
むつを卒業することも必ずできるよ。だって、宮ぷーが治りたいように治るんだも
の。その階段を上り続けるよ。

息をひそめるように

  • 2010/04/16(金) 22:56:23

メルマガを読んでくださっているお医者さんからメールをいただきました。
「かっこちゃんのメルマガをこっそり、息をひそめるようにして読んでいます。ある
方から、かっこちゃんのメルマガをすすめられ、実は最初、半ば強引に登録されて、
しかし、読み始めるうちに、自分の中の何かがどんどん変わっていっていることに気
がつきました。僕は大きな病院の勤務医をしています。時折、かっこちゃんのメルマ
ガに登場する医者は、僕の姿そのままです。苦悩しながらも、家族にこれからの見通
しを伝える。自分の経験で、目の前の患者はどんな経過をたどるのかということを、
ときにきっぱりと伝えなければならない。そして、それはほとんどはずれないので
す。100パーセントと言っていい。僕が考えた通りの経過を患者はたどります。け
れど、映画の予告編の動画を僕は気になって観てしまったのです。かっこちゃんの言
い方で言えば、神様の計らいで見せられてしまったのかもしれません。予告編には出
血時の様子も出ていましたね。僕だったら、同じことを家族に伝えたでしょうね。意
思伝達装置の映像も観ました。一年後にこんなふうな回復をする。僕にとっては、宮
ぷーは回復してはならないのです。あってはならないことなのです。誤解をしないで
ください。宮ぷーの回復は喜ぶべきことです。しかし、あの出血の状態では、こうい
う道筋と決まった線からはずれるということは、大変なことなのです。僕たち医者に
とって、このような回復がネットで流れている。だれもが意識の回復はないとみなす
であろう患者が、意思伝達装置によって、気持ちを伝え、多くの人の心を打つ映像の
真ん中にいる。奇跡というのは、起きるから奇跡と呼ばれる。だから、起きるので
す。でも、医者はそこで、なぜ起きたのか。我々にはなぜ起こせないのかを考えなけ
ればなりません。なぜ、宮ぷーがこれほどの回復を見せているのか。あの映像の前に
僕たちはもっと謙虚になるべきです。もっと命に対しても謙虚になるべきだ。生きる
ことの可能性を信じるべきだ。悪夢のように頭から離れないことがある。これまで患
者の家族に伝えてきたあのとき、回復の可能性は極めて低いが0でないと伝えていた
ならば、宮ぷーと同じ経過をたどった患者がいたかもしれない。宮ぷーにはかっこ
ちゃんがいた。それはものすごく幸運なことだったことは間違いがない。かっこちゃ
んのような人は他には何人もいない。しかしたとえ、かっこちゃんがその患者のそば
にいなくても、回復のためなら何とでもしようという家族も多くいることだろう。
かっこちゃん、ヤフーメールでしか送れない僕を許してください。勤務医だからとい
うのは言い訳です。けれども、僕はこれでも、ものすごく勇気を出してこのメールを
書いているのです。かっこちゃんのメルマガを読んでいる方の中にも同じ医師の方が
いますか? 僕は名乗れない勇気のない医者だが、名乗る勇気のある方にもぜひ、同
じ気持ちでいるのかどうか、教えてほしい」

昨日いただいたメールです。私はすごくすごくうれしかったのです。どうしてこんな
に涙が流れるのかな? メールをくださったお医者さんが、教えてくださったことの
ひとつに、奇跡といわれることにも理由があるのだということ。宮ぷーの回復を奇跡
と言ってくださったことがとてもうれしいのだけど、その回復には理由が必ずあると
先生は思ってくださったのですね。なぜ起きたのか? なぜ起こせないのか?と考え
ておられる。なんてすごいんだろう。なんて素敵な方なんだろうと思いました。私は
いつも繰り返し思うのです。宮ぷーがよかったらそれでいいのじゃない。たくさんの
人がよくなければならない。
 私ね、思うのです。誰もが、今のあるがままであることには理由があるのじゃない
かと。生まれた場所、顔かたち、性格、そして今の状況、苦しみ、痛み、何もかもに
必ず理由があるはずと思っているのです。それは神様の計らいでそうなったはず。そ
して、私たちはひとりで生きていない。みんなで影響を与えあって、いつかのいい日
のために学びあって、教えあって、伝えあって、大切なことにも気がつきあって生き
ているはず。そう思ったときに、今、その人が抱えている苦しみや悲しみにも理由が
あり、必要だからその苦しみや悲しみがあるんだと思うのです。

 宮ぷーの日々を知ってくださったお医者さんが、こんなにうれしいメールをくだ
さった。ああ、それは本当に、すごくすごくうれしいこと。叫びたいくらいうれしい
ことだよ。宮ぷーの病気、宮ぷーの苦しみ、ある日の熱、ある日の息苦しさ、ある日
の悲しみもなにもかもが必要だからそこにあり、そのことで、誰かの心が動かされ
る、湖に小石が小さな波紋をつくる。そして何かが変わるよ。メールをくださったお
医者さんは「どんどん変わっている」って言ってくださった。そしてお医者さんは勤
務医だって。お一人がその病院でまた小石を投げられる。「僕、ひょっとしたらこの
患者さんは、意識が戻るかもしれないって思うんです」とか「まだわかりませんよ
ね」なんておっしゃって、そして、何ヶ月か後に意識が戻ったら、周りの方もその小
石の波紋を受けて、心が揺れて、ああ、あの先生が言ったこと本当になったなあっ
て。そんなふうになっていったら、すごくすごくうれしいことですよね。もう、そこ
には宮ぷーがいない。その先生の気持ちがある。

 ようやく少し紙屋克子さんの本を読み出しました。まだ読み出したばかりですが、
紙屋さんの周りでは、意識障害があると言われる患者さんも、意識をいつか取り戻す
んだという前提で毎日が送られているのだと感じました。早い時期から日中の大半を
座位をとってすごすこと、食道を使われない気管にしないようにすること。看護する
側が、相手は必ず気持ちを持っているのだと信じて、対面していること。紙屋さんの
そばにいれば、宮ぷーは決して奇跡のひとりではなく当たり前の一人なのかもしれな
いなと思いました。
私は、誰もが、気持ちを伝えあえるためのいろんな方法が、もっと広く知られたらな
あと思うようになって、意思伝達装置のことや、お話ノートなどが、近視や遠視の方
のためにめがねが必要だと、誰もが知っているように、なってほしいと思っていま
す。それだけでなくて、植物状態と言われる人も、意識を取り戻すことができるんだ
ということや、そのプログラムについて、あるいは紙屋さんの存在や、方法について
も、もっともっと広く知られるようになったらと思いました。私、やっぱり、つたな
い文章ではあるけれど、宮ぷーのこのメルマガをもっといっぱいの方に読んでほしい
です。多くの方とつながりあって、一緒にいろんなことを考えたり伝えたりして行き
たいです。

もうひとつ宮ぷー自身のことだけど、今、宮ぷーが座位をとれる時間は、私が帰って
から、1時間か、2時間程度です。もしもっと座ることができたなら、首ももっと早
くしっかりしていたのじゃないかと思うし、これからだって、座位保持装置(首を支
えるタイプのリクライニングできるもの)ではなくて、折りたたみができるタイプの
車いすにも早くに乗れるようになるのじゃないかなと思ったのです。ああ、そのため
にはどうしたらいいのかなあ。今日はそんなことをずっと考えていました。
今日病院に着くと、宮ぷーの様子がちょっと変でした。どうしたの?と聞くと、必死
に自分で頭を起こしています。のど? 痰がつまっちゃった? あわてて吸痰をしま
した。痰が堅くなっていて、気切の穴につまったみたいな感じだったのだと思いま
す。ああ、ちょうど私が来れてよかったなあと思いました。
看護師さんや介護士さんはとてもていねに見てくださって、ときどき見回ったりもし
てくださいます。けれど、ちょうどその隙間だったのだと思います。ナースコール押
せなかったの?と聞くと、そうだと宮ぷーが言いました。レッツチャットや伝の心を
手のスイッチで入力するときは割とじょうずなのに、どうして難しいのでしょう。宮
ぷーも、どうしてだかわからないけど、かっこちゃんがいなくなるとできなくなると
言いました。でも、夜中にもしも、つまったらと、考えるだけでも怖いのです。ひと
つのスイッチだけで、レッツチャットとか伝の心が入力できたらなあとすごく思いま
す。頭のスイッチもときどきずれるし、ナースコールも、もつところが曲線になって
いるからか、手袋にくっつけてあるのだけど、なかなか難しいのです。スイッチマン
という機械を使うと、長押しでナースコール、そうでないときは伝の心とかに入れら
れるように聞いているのです。ああ、やっぱりそれがほしいなあと、すごく心配にな
りながら思ったのでした。

お蔭さま社会

  • 2010/04/04(日) 22:49:53

羽田へ向かう飛行機の中にいます。今日はお天気がよくて日本アルプスもよく見えま
す。雲海の中から富士山も顔を出しています。ああ、この空の下にも、もしかした
ら、今日も宮ぷーのことを祈ってくださる方がおられるかもしれないよ。

昨日も、宮ぷーは息がつらくて、「たん すわりたい」と言いました。なぜだか、体
を起こすと、気管の奥の方にある痰が上へあがってきてくれて、痰が出てくるので
す。宮ぷーは「よこ すわる」と言いました。足を出してベッドの横に座りたいとい
う意味です。まだ私が支えないと座れないけど、でも、私が、バランスのよいように
宮ぷーの体を整えたら、ほんの少しの間なら、支えなしで座れるようにもなってきま
した。そして、しっかり体を起こして座るし、首も前へ垂れるからか、痰がよく出る
のです。でも、それは今の宮ぷーにはきっと負担が大きいでしょう。それに、昨日は
左手に刺してあった点滴の針が、今日は左足に変わっていました。前の日に,右側は
少し動くし、ナースコールも押すのに使うので、左手にしてほしいとお願いしたこと
で、看護師さんが左足の甲にさしてくださったのだと思います。「点滴の管が気にな
るから ベッドを起こして座ろう。私がベッドと背中の間に入って、宮ぷーの背中を
支えれば、しっかり座れるから」宮ぷーも納得してくれました。熱が高いけれど、痰
を出したいから、つらいからとは言え、朦朧として見えた昨日より、ずいぶん回復し
たからだと思います。

ベッドの背をあげ、いったん宮ぷーの体をぎゅっと前へ曲げて、そのあいだに、私の
体を横から滑り込ませて、宮ぷーをかかえました。私の体の前の部分が宮ぷーの背中
とくっついていました。そのとき、うれしいことに気がついたのです。いままで、宮
ぷーのすべての筋肉、体の重みが、全部重力に任せて、下方向へ置かれていた状態
だったのに、今はぜんぜん違うのです。まったく動かなかった左側の肩もときどき、
動いています。背中の筋肉も右を中心に動き出していたし、おしりの筋肉も2月の頃
から動き出していました。私の体にかかる背中の重みはあきらかに、これから動きだ
し、これから、自分の力だけで座ろうとする人のその重みで感覚だとはっきりわかっ
たのです。言葉にすることが難しい感覚だけど、はっきりそうわかったのです。それ
はうれしくてゾクゾクするような感じでした。熱がある宮ぷーの体は熱くて、たくさ
んの方が祈ってくださっているのに、うれしいと笑いたくなるのは不謹慎かもしれな
いけれど、本当にそれくらいうれしい感覚でした。わーい、宮ぷーはほら、座るよ。
もうじき本当に一人で座れるよ。どんどんどんどんよくなってるよってそうはっきり
とまた感じれたのです。

あ、あと15分で羽田ですという放送が入りました。もうパソコンを閉じます。
会場について、中へ入る前に宮ぷーの病室にいる宮ぷーの妹の恭子ちゃんに電話をか
けました。「宮ぷーはどう?」と聞くと「熱はあいかわらずだね、38度5分だった
よ、さっき」とのこと。あー四つ葉も、あまりよくなくて、痙攣みたいに体をピクピ
クしてたり、それでも、私の妹のいっこちゃんが抱っこしてくれていると落ち着いて
元気になるそうだけど、どちらのことも心配です。
いつも、熱があっても、私が帰る頃にはよくなったと感じるのは、そうだ、みなさん
が祈ってくださる8時になる頃、宮ぷーが元気になるんだって思いました。祈る力で
本当に宮ぷーは守られているんだと思いました。ありがとうございます。どうか、宮
ぷーの熱がさがって、元気になりますように。宮ぷー、私も一生懸命に祈るよ。遠く
にいて、それしかできないから、祈るよ。

私は少し、元気がなくなりそうになったけど、今日もみなさんが温かく迎えてくださ
いました。今日は「水からの伝言」という本で有名はI.H.Mという会社で呼んでいた
だいて出かけました。たくさんのきれいな水の結晶の絵が描かれた御本がならんでい
て、そこで、パソコンでとてもおもしろいことをしてくださいました。イヤホンをつ
けるとアストレアというソフト? 機械? で気の流れを調べてくださるのです。そ
して、気の流れが悪いところがあると、そこで自分の好きな言葉を入れると、気の流
れがすごくよくなるのがわかるという実験?をしてくださいました。その言葉で、
「天命」とか「使命」のようなものがわかるのだと、山田社長さんが教えてください
ました。私は以前マッサージをしてくださった方がみなさん、足と肩がぱんぱんって
言われました。あまり自覚はありません。今日も肩の気の流れが悪いと教えてくださ
いました。そして、パソコンの画面に自分の好きな言葉を書き入れてということで、
私は「だいじょうぶ」と「大好き」を入れていただいたのです。少しあがったけど、
それほどでもなかったのだけど、「いつかのいい日のためにある」と入れると、85
パーセントも気の流れが上がって、これはどういうことでしょう?と社長さんが、
びっくりされていました。小林さんが「山元はずっと小さいときから、どんなことも
いつかのいい日のためにあると思っていたんですよ」と話してくださいました。おも
しろいですね。

会場へ行くと「オーストラリアのじゅんこです」とお一人の方が声をかけてくださっ
て、驚きました。え!? メルマガでメールをくださったじゅんこさん? どうして
ここに?本当に驚きました。もっと驚いたことに、じゅんこさんは前に、宮ぷーに何
かしたいから、役にたててほしくてお金を振りこみたいと言ってくださったけれど、
本人が銀行に直接いけなくて、口座をどうしても作ることができなかったことがあっ
たのです。じゅんこさんは「私、あのとき口座を作れなかったから、今日お渡しした
くて」と封筒をくださいました。ありがとうございますと胸がいっぱいになって、い
ただいて、じゅんこさんが帰られてから、連絡先がわかるかなあと封筒を見て、いた
だいたお金の額があまりに大きくて驚いてしまいました。どうしようとおろおろしま
した。じゅんこさん本当にありがとうございます。必ず、宮ぷーにとって一番必要な
ものに使わせていただきます。本当にありがとうございます。ああ、本当になんてこ
とでしょう。私は会場で充分にお礼をいうこともできませんでした。

それから今日も宮ぷーのことを、「今日はどうですか?熱は?」と聞いてくださった
り、いつも祈っていますと声をかけてくださった方がおられました。本当に、こんな
にも温かな中で生きていられることを思うと、また涙がこぼれるのです。
今日はいろんなことがありました。大好きな三五館の星山さんのところに出かけたの
です。ちょうどそこで、NHKの無縁社会のテレビをしていました。今一年間に3万人
以上の方が孤独死をされるのだそうです。誰ともつながりを持たず家族をなくして生
活している方が多い世の中になったということをテレビで報道されていました。星山
さんが、「そんな社会になってきましたね」というお話しをされたときに、伸夫さん
という方から少し前にメールをいただいたことを思い出したのです。メールを載せて
もいいと言ってくださったので、書きます。

「会社で孤立をして、リストラにも遭い、会社を辞め、鬱病を患い、社会を捨て、家
族を捨て、引きこもりの生活をして何年にもなります。そんな僕ですが、宮ぷーと
かっこちゃんのメルマガを毎日受け取っているうちに、次第に生まれてきた私自身の
中の感情に戸惑いを最初覚えました。なぜ、こんな僕が、宮ぷーの病状について心配
をしているのか。なぜ、今日の宮ぷーのリハビリの様子はどうだろうと朝を心待ちに
しているのか?そして、宮ぷーの熱についても心配をしているのかわからなかった。
家族を捨て社会を捨てた私ですが、私には新しい家族ができたのかもしれません。
かっこちゃんは私がそんなことを言ったら笑うだろうか?嫌、かっこちゃんは決して
笑わないだろう。いつもみんなでひとつの命だと言っているからね。僕にとって、宮
ぷーとかっこちゃんの日記は社会への入り口です」私は伸夫さんがそう書いてくだ
さったことを思い出しました。ホテルについてすぐにみなさんにお話しをしてもいい
ですか?と書いたら、そのとたん、今、「是非に」というお返事をいただきました。

無縁社会が進んでいるとテレビや新聞では報道されています。でも、私には実感があ
りません。宮ぷーが熱を出したのでお祈りをしてほしいですと私がお願いのメールを
したら、200人以上の方が、「頑張って」「お祈りしています」とメールをすぐに
くださいました。そして、いっぱいの方が宮ぷーのことを祈ってくださったこと、間
違いないと思います。まるで私たち、一緒に息をしているような、会ったこともない
方々が、心を込めて祈ってくださってる。そして、本当にみんなで手を取り合ってい
ることを思うと、それは無縁社会と本当に逆で、多くの縁で柔らかくでもしっかりと
結ばれていることを感じています。

おとといレッツチャットを作られたご本人の松尾さんが、驚いたことにメールをくだ
さいました。「使ってくださってありがとう」と言ってくださるメールでした。私
が、「松尾さん、私、意思伝達装置が、多くの方に知っていただけるように頑張りま
す。見守ってください」とお願いしたら、松尾さんは、なんと心の温かな方でしょ
う。「見守るだけのつもりはありません、頑張ります」とまたお返事をくださったの
です。「自分のようなちっぽけな人間が、誰かの役に立っていると実感しました」と
書いておられて、私はドキドキして、泣き虫だから、また泣いています。声をあげて
泣いています。本当に、もし宮ぷーにレッツチャットがなかったら、今の宮ぷーは決
してないのです。宮ぷーはレッツチャットで気持ちを伝えることを取り戻したばかり
か、頭のスイッチをぎゅっぎゅと入れることで、肩や腕が動き出すきっかけをいただ
きました。

彦根でお会いしたター坊や、そして多くの方が、レッツチャットがなければ一日があ
けないほどに、レッツチャットを必要とし、さらに、意思伝達装置の存在や必要性を
知っていただけばいただくほど、気持ちを伝え合えずにいた方々が、生きることを取
りもどしていかれると思うのです。私にはなんの力もないけれど、でも、でも、声を
からしてでも、言い続けたいです。みんなが気持ちを伝え合えるようになるように
と、自分ができることを、きっと頑張ってしていきます。だって、私には家族のよう
な仲間がいます。メルマガを読んでくださっている仲間がいます。ぜんぜん無縁社会
でない、みなさんがいてくださいますもの。

明日は広島の福山へ出かけます。大好きなお友達がまた待っていてくださいます。
ねえ、宮ぷー、どうしている? つらいかなあ。どうしてるかなあ。祈ってるから
ね、どうぞ宮ぷーがつらくありませんように、熱の原因がおさまりますように、どう
ぞどうぞお願いいたします。

かつこ