夢で食べる

  • 2009/10/29(木) 20:46:24

10・29
 宮ぷーが、私に口の形でゆっくりと「ありがとう」と伝えてくれたとき、すごくうれしかった。そして、すごくうれしかったから、「看護婦さんにもありがとうって言ってる?」と聞いたら、首を振った。宮ぷーが看護婦さんによくしていただいていて、いくらありがとうと思っていても、ありがとうと言いたいと思っていても、忙しい看護婦さんに宮ぷーが口の形でゆっくりとありがとうということは難しい。それで、どうしたらいいかなあって、宮ぷーと言っていたの。
 妹のいっこちゃんが、いくつか言葉を録音して、それを選んで言えるようなものを作れるよと教えてくれました。そして、作ってあげるよと言うのです。
すごい、本当になんでも作っちゃうなあ。「4種類の言葉を録音できるから、ありがとうとか、何か録音して、たとえば、かっこちゃんの声なんかも録音したら、もし宮田さんが、かっこちゃんの声を聞きたければならしたりもできるよ」なんて言ってくれたので、私はそのとおりに伝えたのでした。そうしたら、すごくうれしそうでした。そして、私の声も録音できるって。というと、ううんと首を振るのです。
え?どうして。聞きたくないから?というと「もったいない」と宮ぷー。どうもたった四つしかないのに、私の声なんか入れちゃうと、残りが三つになってしまうのはもったいないということらしいのです。
うわあ、ひどーい、宮ぷー。と言いながら大笑い。そうだよね。宮ぷーは伝えたいことはいっぱいあるもの。たとえば、ありがとうの他に、テレビつけてくださいとか、足の重なりをなおしてほしいとか、吸痰をお願いしたいとか、看護婦さんにお願いしたいことはいっぱいあるよね。レッツチャットでもできるけれど、時間がかかるもの。
それで、宮ぷーに何の言葉にする?というと、「考えておく」との答え。それで、私がひどーいなんて言ったものだから、優しい宮ぷーは、「かっこちゃんが言えばいい」と言いました。その意味は、私が「ありがとう」という言葉を言えば、それを伝えられるし、私の声も聞けるからねという宮ぷーの優しさなのでした。あはは、おかしい。
 夕方恭子ちゃんから電話をもらう。今日、精神科のお医者様が来てくださったとのこと。脳幹出血だから、息をすることが苦しいのは、あたり前かもしれないとのこと。お薬を飲むことで、いっそう息をするところが苦しくことも考えられるのでということで、お薬の処方はなかったとのこと。けれど、必ず、楽になっていくようにしましょうと言って下さったとのことで、もし、どうしても苦しいようだったら頓服の処方もすることができるので、様子をみましょうということで、頓服の処方も今日はなかったけれど、体と心が息ができなかったことの記憶があって、それで、息ができないということへの恐怖は当然あるでしょう。周りの人の心も心配と言われたとのこと。気を長く、ゆったりとした中で、すごすように様子をみましょうとおっしゃったとのことだった。宮ぷーはあんなにお薬を飲めばなおるから、診てもらいたいと言っていたから、どうだったのだろう。がっかりはしなかったのだろうかとも思ったりもしたけれど、診ていただけて、必ず楽になるよう、一緒にがんばりましょうといっていただけたことはうれしかっただろうか?
 病院に行くと、宮ぷーは、テレビをつけていた。「どう?」と聞くと、首を振った。「お薬だめだった」と言ったよ。そうだね。またつらくてしょうがなかったらお話しようねと言う。
 気がつくと、昨日も手袋にナースコールをつけていた。ナースコールにはマジックテープをつけて、手袋につけたり、はずしたりできるようにしてあって、押すときに、親指がずれないように、吸痰のときに使う水を入れたペットボトルを切ってつくったガードをつけてあるのだけど、それがついていた。「押せてる?」と聞くと、宮ぷーがうなづいたよ。ああよかった。宮ぷー、できることが、少しずつ、毎日何かしら増えているよ。昨日と今日、あんまり違わないようでも、十日前とはぜんぜん違うし、一ヶ月前だったらもっとぜんぜん違うよ。
 もう帰るころ、宮ぷーが、「チョコレート」とあかさたなで言った。「食べたいの?」と言うと、違うと言ったよ。「てにもつ」と宮ぷーが言う。「どうして? 誰かにあげるの?」
「あとでたべる」「誰に食べさせてもらうの?」と言うと、「誰にも」と宮ぷー。「眠ってから食べるの?」と聞くとそうだと言ったよ。夢で食べようと思っているんだって。それで、右手はナースコールをつけているので、左手にはさむようにしたよ。宮ぷーはまだ左手はあまり動かせないのだけど、はさむようにしたら親指が少し動いて、ささえようとしているのがわかったよ。
 「かがみでみたい」と言うので、チョコレートを持っているのを鏡に映したら、宮ぷーは何度もうなづいていた。
 宮ぷー、夢でいっぱいチョコレート食べてね。土曜日は生キャラメルを作ってくるよ。チョコレートや生キャラメル、口の中でとけるものは、ごっくんが上手になっていると聞いたよ。ぷろじぇくとのみなさんが、祈ってくださったからだって私はそう思って、すごくうれしかった。そして、ありがたいなあと思ったよ。宮ぷーは食べるのが大好きだから、口から食べられるようになったらきっともっともっと心も体も元気になれるね。

みんなのこと祈る

  • 2009/10/27(火) 10:33:58

10/27
宮ぷーにいただいたぷろじぇくとの感想を読んでいた。みなさんがぷろじぇくとを広げたいと、たくさんの方に伝えようとしてくださっている内容を読んでいたときだったよ。
宮ぷーが急にまた顔をしかめて気切をしているのに、声をあげて泣き出したので、「息ができないの?つらいの?」と背中をさすったら、宮ぷーは首を何度も振ったよ。
そして、口を動かした。
「いのる」と言った。「祈るの? 祈って欲しいの? 祈って欲しいことがあるの?」
何か祈って欲しいことがあるの?と私は、本当に今から思えば恥ずかしいのだけど、宮ぷーが苦しいのだと思って、息のことを祈ってほしいと思っているのかなと思ったよ。私はやっぱり、自分のことしか考えていないんだよ。
宮ぷーは、あかさたなでスキャンをして、「みんなのこといのる」と言った。「祈ってくださっているみんなのことを祈るの?」と言うと、頷いた。それから、また口を動かして「世界のみんなのことも」と言った。
そして「レッツ」と言ったので、レッツスキャンをしたいのだとわかったよ。
レッツスキャンの機械に、頭のスイッチをつないだら、宮ぷーは、長い長い文字を綴っていた。宮ぷーが文章を綴るのは、簡単な事じゃない。一文字綴るのも、あかさたな、はまやらわの中から一行を選ぶのだけど、今というときに押せなくて行き過ぎてしまってから、間違えて次の行を押すと、それを消さなくちゃならないし、ぜんぜん違うところで頭が動いてしまったりもするし、消したくないところまで消してしまって、でも、宮ぷーはそんなときもぜんぜんあきらめたりはしない。私は、途中から涙がとまらなかったの。
「ぼくはきがついたからだがうごかないぼくにできるおかえしはみんなのこととせかいじゅうのことをいのること」「僕は気がついた。体が動かない僕にできるおかえしは、みんなのこと、世界中のことを祈ること」何度も、BSを使って、間違えた場所を戻ったりしながら、宮ぷーが押したのは、そういう言葉だったよ。
私は息をひそめながら、宮ぷーがレッツチャットをするのを、そばでじっと観ていたよ。宮ぷー、そうだね、宮ぷーは体が今は動かないけど、宮ぷーは祈ることができる、それはすごいことだもの。宮ぷーは今、祈りにはすごい力があることを証明してくれつつあると思う。そうだね、私たちは、祈りにはすごい力があるって知っている。だからこそ、祈ろう。私も宮ぷーと一緒に祈る。みんなのこと、世界中の人のこと。大きな輪になって、みんなで祈ろう。
 そのとき、ちょうど八時になったよ。宮ぷーの手をいつものように、胸の前で組んで、一緒に祈った。涙があふれてとまらなくても、かまわずに祈った。ありがとうございますと世界中のたくさんの人が幸せでありますようにと祈ったよ。宮ぷーが口を動かした。
「ぼくにできることがみつかった」宮ぷーはそう言ったよ。

 今日はぷろじぇくとのみなさんが、このぷろじぇくとを広げようと、いろいろと考えてくださって、みんなが大切な人に一人入っていただいたら、750人は1500人になって、その次に、また一人入っていただいたら3000人になって、23回ほどしたら、なんと世界の人口の数になるんだと教えてくださったよ。すごくびっくりした。
 一人の力は小さいように思っても、そんなことは決してないんだね。そして、750人の力はものすごいんだね。本当にびっくりしたよ。私も最初のお一人に、入っていただけるか、今日は電話をしよう。三五館の星山さんに電話しようかなあ。そうだ、そうしよう。星山さんも、宮ぷーはどうですか?といつも聞いてくださるのだもの。

四つ葉のひざかけ

  • 2009/10/11(日) 22:03:22

昨日、宮ぷーが、息ができないと言いました。看護婦さんに血中酸素濃度を測っていただいても、いつもと変わらなかったし、痰もそれほどたまっていなかったのです。

 宮ぷーは、昨日なんだか、気弱でした。私が少し遅れたことで、もう来てくれないかと思ったと悲しげだったり、もうあさってのことを気にして、何時に来る?早く来てほしいと言ったり・・・

きょうこちゃんにナースコールを手に縛ってと言ったり。きょうこちゃんはナースコールの線を宮ぷーの手に軽く巻き付けて少ししばったけれど、それではやっぱり宮ぷーはナースコールを押すことができないのです。でも、宮ぷーはそれほど、息ができないことが不安なんだなあと思いました。

宮ぷーに、ナースコールを軍手に縫い付けて、そうしたら、親指で押せると思うから、軍手と糸と針を買ってくるねと言うと、買ってきて欲しいけれど、行かないでほしいと言うのです。どうして?というと、一人にして欲しくないというのです。

宮ぷーは、9月になって自分の今置かれている状態がわかって、少し鬱のようになっているのかもしれません。

だって、父が亡くなったあと、母がそうだったもの。息ができないっていたもの。おんなじような感じがしたのです。看護婦さんにすぐに話をしました。宮ぷーにも話したよ。
行かないでほしいけれど、それでも、ナースコールが押したいと言うので、すぐに帰ってくるからと出かけて、材料を買って帰ってきました。そして、ナースコールに滑り止めの布を蒔いて、それを軍手に縫い付けて、宮ぷーが軍手をはめて、親指で押せるようにしたよ。吸痰をお願いするときに、宮ぷーが軍手をはめたら押せたので、大成功。

それで、夜しかできないよ、だってお昼は手を自由に動かさなくちゃいけないからと言って、夜はめてきたのです。


今日は、遅れないでいけたのだけど、宮ぷーはやっぱり泣きそうな顔をしていたよ。「どうしたの? ナースコールが押せなかったの?と聞くと、そうじゃないと言いました。押さなかったけれど、押せなかったのじゃないと言いました。あかさたなで「さびしかった」と言いました。胸がぎゅっとしました。だいじょうぶだからね。だいじょうぶ。かっこがいるよと言うと、宮ぷーは「よるはひとり」と言うのです。そうだよね。不安だよね。体がほとんど動かないってわかって、どうしたらいいかわからないときに、一人でいるのはどんなに不安だろう。ごめんね。ごめんね。でも、どうしようもなくて、今日もナースコールの練習を一回しました。大成功。

宮ぷーの安心にちょっとでもなればいいなあと思うのです。

 宮ぷーはやっぱりちょっとへんてこでした。ぼおっとしたり、すぐに涙をうかべたり。「もういっかげつもおなじてんじょうをみている」とも言いました。

それで、前の動画や写真を一緒に見たのです。「このときは、首も動かせなかったし、目の玉も動かせなかったの。どこも動かせなかった。置かれたらおかれた場所の上をただ一点、宮ぷーはずっとみつめていたよ。

ね、宮ぷー、宮ぷーそんなときでも、ほら動画を見て。宮ぷーはこんなに一生懸命舌を出そうとしているよ、手を動かそうとしているよ。

動かなくても出せなくてもあきらめないで、がんばっているよ。宮ぷー、すごいよね。宮ぷー、倒れた過去は換えられない。でも、変えられる人がいるよ、誰?」宮ぷーは「先生」と言った。

違うよ。先生も、私も変えられない。未来を変えられるのはたったひとり。宮ぷーは「それはぼく」と言いました。そうだよ、そうだよね、宮ぷー、未来を作るのは誰でもない宮ぷーだよ。そして、今日を作ってきたのも、ほら、この動画の宮ぷーだよ。宮ぷーは本当にすごい人だよ。

 宮ぷーは頷いてくれたけれど、それでもきっとやっぱり悲しくて不安なのだと思います。「あしたはやくきてほしい」と言うのです。宮ぷー、ごめんね、お仕事はしっかりしなくちゃ。きっと宮ぷーはそれもわかってる。でも、やっぱかっこちゃんらくてさびしいのです。

いつもいつもかっこがいるよ。思っているよ。そう言ってもやっぱりさびしいのです。
 今日もいっこちゃんが来てくれました。

「今日は宮ぷーさんに、プレゼントを持ってきました」と言って出してくれた物を見たとたん、宮ぷーが号泣しました。声が出ないけど、顔をぐしゃぐしゃにして泣いたから。

 それは四つ葉そっくりのアップリケのついたひざかけでした。宮ぷーは四つ葉のこともとても心のよりどころにしています。おととい、靖子ちゃんが映画の予告編を作る相談を宮ぷーにしていたときに、宮ぷーに何か意見はない?と聞いたら、「よつばもだして」と言ったのです。

私たちは思いもしなかったので、「わあ、それはいい考え」と、言い合いました。いっこちゃんにも電話して、四つ葉の写真を頼んだり、きょうこちゃんに電話をして、四つ葉と倒れる前の宮ぷーの楽しそうな写真をお願いしたんだよね。

 宮ぷーが泣いたのを見て、私はただ、宮ぷーが感激して泣いたのじゃないとなんだかわかったのです。一緒に暮らせないさびしさや、今、体が動かないつらさや、そして、四つ葉のいとおしさが胸に迫って、胸がいっぱいになったのだと思います。そして、やっぱり四つ葉のひざかけがとてもうれしかったのだろうと思いました。

 帰り際、宮ぷーはいっこちゃんに、心をこめてありがとうと口で形を作って言いました。私は宮ぷーの思いがすごくよくわかったよ。

 きょうこちゃんも宮ぷーと四つ葉の写真を持ってきてくれました。それから、倒れたばかりのころの写真も持ってきてくれました。

 それは、目が腫れていて、青くなっていて、体中にコードがいっぱいついていて、管もいっぱいついている宮ぷーの写真でした。

 二人になってから、またその写真を見ながら、今度は私が泣けました。宮ぷー、私ね、この日記を読むと、宮ぷーが倒れたときに、私はそんなにも落ちこんでいないみたいだけど、本当はすごくすごくつらかった。手がブルブルとずっと震えていたのを覚えてる。

何にも手がつかなくて、宮ぷーのところに来て、そして、ただ祈って、そして、帰っても、もうテレビも新聞もラジオも読んだり見たりする気持ちにならないで、ずっとただ、同じCDだけを車の行き帰りに聞き続けていたよ。そして、ただ祈って、泣いて、そして、宮ぷーの手をとって、抱きしめて、生きて生きてと思うだけの日々だったよ。

もう、あんなに悲しい思いをしたくないから、もう倒れたりしないでね。お願いだから、しないでね。宮ぷーは何か言いたそうにしたよ。

あかさたな、泣きながらスキャンをしたら、も・う・た・い・し・よ‥と続いた。?なんだろう。間違っていない?と聞いてもそれでいいといった。そして、言ってくれたのは「もうだいじょうぶ」と言うことだった。

私はまた、声をあげそうなくらいに涙が出たよ。泣けたよ。
宮ぷー、そうだね。もうだいじょうぶ。もう泣かなくてもいいんだよね。
そうだよ。もうだいじょうぶ。あとはどんどん良くなっていくのだもの。

そうだ。今日はね、ワードで作ったこの日記を宮ぷーが自分で少し読んだんだよね。パソコンの下向きの矢印に、カーソルを合わせて、宮ぷーが、頭のスイッチを押してスクロールしたよ。

文字を大きくしたら、「じょうげのかんかく」と宮ぷーが言ったので、どうも、行と行との間の感覚を開けないと読めないらしいということがわかったので、設定でそれも替えたよ。
宮ぷーがスライドしながら、読んだところで、ちょうどこんな文章があった。3/6の日記だったよ。

「毎日のことを残しているのには理由があるの、
ひとつは、宮ぷーの意識が絶対に戻るって信じているから。そしてそのときに、宮ぷーが、その間のことを知りたいと思ったら、そのとき、宮ぷーはきっとパソコンだって使えるようになっていて、この文章を見てもらえるようにしたいから…

そして、もうひとつは、宮ぷーは絶対に元気になるから…私が今、同じ病気を経験された方のブログにすごく助けていただいているように、いつか、宮ぷーが元気になっていくということが、そのとき、つらい方の助けになるって信じているから」

3/6に考えていたことが、今、目の前で起きてる。宮ぷーが倒れてからのことを知りたいと思っていて、それを自分でスクロールしながら読んでると思ったら涙が出たよ。そして、きっと今意識がないと言われている方のご家族の方が、この日記がもし本になって、そのときの文章を読んでくださったら、元気をだしてくださる日がきっと来るよ。

「ねえ、宮ぷー。宮ぷーの出血はすごく大きかったの。でもね、きっと宮ぷーの病気が重ければ重いほど、ああ、こんなに重くても絶望をする必要がないんだ、きっと治るんだってたくさんの方が思ってくださることになるよ。だからね。宮ぷー、絶対によくならなくちゃだめなんだよ。宮ぷーは絶対にどんどんよくならなくちゃだめなんだよ」ってそう話した。宮ぷーは何度も頷いてくれていたよ。

宮ぷーは今日も何度も「あしたなんじにくる?」「あしたはやくきてほしい」と言ったよ。ごめんね。宮ぷー。それはむずかしいよ。

みなさん・・と綴ったことは

  • 2009/10/10(土) 21:13:30

高速道路を飛ばして病院へ。少し約束の3時半には遅れちゃったね。宮ぷーは今日はお風呂に入る日だった。いつ入るの?何時?と聞く。1時、2時、3時?4時?5時?どれもうなづかない。あ、そっか、決まってないんだというと目を大きく開いてうなづく宮ぷー。
いろんなことを伝え合うのに時間がかかるけれど、今は、気持ちを伝え合うことをていねいにしていることに気がついて、ああ、うれしい、ああよかったとそう思うよ。

そして、お風呂から上がって、お部屋に入ってい来ると同時に、久しぶりに先生が来てくださった。一時期、別の先生と交代で担当してくださった、とても優しい男の先生だ。
そういえば、偶然昨日の夜に、病院の入り口でお会いしたときに、「宮田さん、すごいですね。このあいだ見せていただいたら、もう感激して、僕、泣きましたもん。動くところがどんどん増えて、本当にすごいです」と言ってくださったところだったよ。
 「今日は手の先生に、売店へ行って、お買い物を一緒にと頼まれているんです。その前に手を動かしましょう」と言ってくださる。そして、そのうちにいっこちゃんもきてくれたよ。先生は、宮ぷーの手をていねいに持って、さあ、まげましょう。もうちょっとだいじょうぶです。まだいけます、まだいけますと言ってくださる。そして、本当に宮ぷーの手がすごく開いたり閉じたりしたし、腕も、見てよくはわからなかったけれど、さあ、前へ倒してください、そうです。そうですとの掛け声で、きっと、力を加えているんだなあとうれしくなったよ。
 さあ、売店へ行こうということで、車椅子に乗せていただいたときに、阪根さんや赤塚御夫妻、それから小林さんや靖子ちゃんがちょうど部屋へ入ってこられたところだったよ。
リハビリ中だったので、挨拶もそこそこに売店へ。
先生が、「行きたいところを教えてください」と言うと、宮ぷーが首で、ここは違うとか、もっとこっちとか教えてくれる。そしてチョコレートの棚に来たよ。赤塚さんが、前に来たときと様子がぜんぜん違うので、あまりにびっくりして、口を大きくあけて、その顔をゆがめるみたいにして、泣いてくださっていたよ。あとで、赤塚さんは「俺、何が起きてのんかわからへんかったわ。首が動いているし、買い物してるし、いったい何が起きてるんやと思ったわ」と言ってくださった。奥さんの寛子ちゃんもびっくりして涙を流してくださったよ。
先生が、「この段ですか?」「この段ですか?」と聞いてくださって、段の次は、左から、これですか?このチョコレートですか?と目の前にチョコを持ってきてくださって、聞いてくださる。宮ぷーが選んだのは、ガーナチョコレートと、明治ミルクチョコレート。
それを二つ買って、「帰りますか?」との声に、首を振る宮ぷー。「まだ、お時間大丈夫ですか?」と先生のリハビリがとおに40分を越えてくださっていたので、心配でたずねるが、「だいじょうぶです」と言ってくださったよ。宮ぷーはまたチョコレートの棚へ。でも、首を振って、何かをずっと探していたよ。
何を探しているの? あかさたなでスキャンをしたら、「こ・え・た」?こえた? 赤塚さんが「小枝チョコレートだ」といい当ててくださる。宮ぷーもそうだとうなづいたよ。残念ながら小枝がなかった。それで、「もう病室へ帰ろうね」と私が声をかけて、病室へ戻った。
宮ぷーがベッドに降りて、落ち着いたところで、宮ぷーにみなさんが改めて挨拶をしてくださった。
「赤塚さんはもう何度も来て下さったし、阪根さんも、小林さんもいつも宮ぷーのこと、ペルーでも、どこでも祈ってくださってるの」
「赤塚さんは毎朝、裸で海に入って宮ぷーのこと、祈ってくださってるんよ」と私が言うと、赤塚さんは、「このあいだから、寒くなったから裸で入るのはやめにしたわ、ごめんな。でも、祈ってる、毎日」と言われた。宮ぷーは赤塚さんに、口の形で「あ・り・が・と・う」と伝えていたよ。それから、阪根さんと小林さんには、あ・か・さ・た・なのスキャンで「ありがとう」と伝えて。そのたびに、みんなが泣いてしまう。だって、みんな、宮ぷーが意識が倒れてからのこと、ずっとご存知で、私の思いも、宮ぷーが毎日、一生懸命に生きてきたこともご存知だから。
それから、宮ぷーが口を動かした。私は宮ぷーが話があるんだと思って、あ、か、さ、た、なと言うと、宮ぷーはマ行を選んで、マ行のうちのみを選んで「み・な・さ・ん」と言ったよ。そして、その次に、カ行を選んだ。私は、皆さん、来てくださってありがとうって言いたいのかなあと思った。でも、「き」じゃなくて宮ぷーが選んだのは「か」だったよ。そして、「かっこちゃん」と宮ぷーは作った。「みなさん、かっこちゃん」宮ぷーはこれからいったい何を言うのかなあ。
そして、宮ぷーは「を」と言ったよ。「みなさん、かっこちゃんを」そしてね、「よ・ろ」って言ったの。私は、途中から宮ぷーが何を言ってくれようとしているのかが、わかって、涙声になりながら、スキャンをした。宮ぷーは
「みなさん、かっこちゃんをよろしく」と綴ったよ。
小林さんが、すごく泣いてくださっているのがわかった。いっこちゃんも、赤塚さんも弘子ちゃんも阪根さんも、靖子ちゃんも、みんな宮ぷーの綴った言葉を聞いて、ぼろぼろと涙をこぼしておられたよ。小林さんはなぜかそれから、声をあげそうに泣きながら宮ぷーに最敬礼をされた。私は、それを見て、また涙がとまらなくなったよ。
宮ぷーはどんな思いで、「みなさん、かっこちゃんをよろしく」と言ってくれたのだろう。きっと「みなさん、かっこちゃんをよろしくおねがいします」って言いたかったのだと思う。
私はたくさんの温かいやさしい方にいつも囲まれている。だから、私は本当に幸せだ。けど、いろんなことはいつも起こる。私はあわてものだし、失敗ばかりだから。
宮ぷーは倒れるまで、そんな私のことを地元で本当にいろいろと支えて守ってくれていた。いろんなことから。今は、そのことができないなあともしかして、宮ぷーは思っていたのだろうか? 私のことをだいじょうぶだろうかと思ってくれていたのだろうか? そして、宮ぷーは、倒れてからずっとそのことを毎日毎日気にかけてくれていたのだろうか?
小林さんや、赤塚さんや、阪根さんは県外で、それからペルーででも、いつもいつも私を支えて、守ってくださっている方々だ。宮ぷーはそのことをとてもとてもよく知っている。

宮ぷーの、今日の言葉は誰にでも言ったりはしないと思う。きっと、特別な意味をこめて、小林さんやみなさんに、「かっこちゃんをよろしくたのみます」と言いたかったのかなあと思ったし、小林さんは「わかりましたよ、だいじょうぶだよ」と一生懸命の宮ぷーに最敬礼をしてくださったのだろうかと思った。
本当にうれしくてうれしくて「宮ぷー、ありがとう。ありがとう」と涙がとまらなかった。
 私は、今日のこと、絶対に忘れないよ。
 どんなことがあっても忘れないよ。そんなうれしい日だったよ。