人差し指が、思うように動き出した

  • 2009/09/17(木) 08:17:33

9/17
うれしくてうれしくて、ピョンピョン、ベッドの周りを跳ね回っていたよ。宮ぷーはそんな私を嬉しく見ていてくれたかな。

先生がまたノートに手紙を書いてくださってあったのです。
「右手の人差し指が、自由に動くようになってきて、いろんなところが動くようになってきて楽しみです」
うわあ・・・すごい。宮ぷー、見せて見せて、指が動くようになったの?
宮ぷーはそうだよと目で教えてくれて、そして人差し指を動かしてくれました。本当に、すぐにまがったり伸びたりしたのです。そんなに大きな動きじゃないけど、すぐに動いてる。
びっくりしました。そしてすぐに思ったのは、何日か前に、「手や足がもっと動くようになりますように」とお祈りしてくださいと、みどりちゃんやぷろじぇくとのみなさんにお願いしたこと。
お祈りのおかげなんだって思ったのです。宮ぷーすごいね、すごいねと言うと、宮ぷーが首を振りました。
「すごいよ。どうして?」と聞くと、宮ぷーが綴ったのは「おいのり」。
「おいのりのおかげ?」と私が言うと、そうだと言いました。そうだね。お祈りをしていただいたからだね。そして宮ぷーも頑張ったからだよ。「宮ぷーいつから動くってわかったの?」「昨日?」宮ぷーは首を振りました。「今日?」宮ぷーはそうだと言いました。

これまでは念じると何分もたって、電気が通ったみたいにピクピクとは動いていたのです。でも、今日の動きはあきらかに、今までの動きとは違っていました。先生が、すぐにスイッチをつけてためしてくださって、これで、入力ができると確信してくださったそうです。やったー。宮ぷー、手でパソコンの入力ができるね。
今は、まだ私たちが手でスイッチをささえなくちゃならなかったり、上手にスイッチがあたらなかったり、指をまげたら、まげっぱなしでスイッチが入りっぱなしになったりもするけれど、でも、必ずできるようになるよ。パソコンが使えるようになるよ。そうしたら、お祈りしてくださったみなさんに、宮ぷーがお礼を言えるね。いただいた感想も自分で読めるね。そういうと宮ぷーは目を何度もあげてそうだね、そうだねと返事をしたよ。

宮ぷーがまたお話ししたそうで、なあに?とスキャンをしたら、「れっつ」と言いました。
「レッツチャット?」宮ぷーがそうだと言うので、ロッカーから出して、先生がノートに書いてくださった使い方を参考に入力スイッチを差し込んで、電源を入れました。
でも、いったいどこでこの入力装置を使うんだろう。まさか、まだ手ではないと思ったのです。今までは首でしていると書いてあったので、首にあててみました。
でも当て方が下手でうまくいかないのです。宮ぷーがなんだか違う違うと言っている。どうしたらいいかわからなくなって、「ちょっと待っていて、先生に聞いてくるから」
宮ぷーはいいよというように首を振りました。ごめんね。うまくできなくてごめん。もしまだいらっしゃったら、聞いてくるから。

三階の先生のお部屋へ行って、先生を呼んでいただきました。先生はすぐに出てきてくださったよ。私が「うれしくてうれしくて、ありがとうございます」とお話しすると、先生も一緒にエレベータに乗ってくださったのです。
「どうして手が動くようになったとわかったのですか?」と尋ねたら
「動かしてと言ったのです。最初に宮田さんが、“どうして身体が動かないのか”と言われたので、脳幹の出血の範囲がすごく大きくて、損傷した部分があって動かないということを説明して、そして、手を動かして見ましょうと言ったら、すぐに動いて、今までの動きとぜんぜん違っていたので、これはスイッチをつけられるだろうと思って、つけたら、うまくいったんですよ。レッツチャットのスピードは遅いくらいだって言って、ちゃんとできたんですよ」

病室でも、先生は、こんなふうにつけてみたらどうだろう。今度はこう工夫してみようと思うと言ってくださって、宮ぷーがどんどんよくなっているのをこんなにも喜んでくださっているということがわかって、涙が自然と出てくるのです。

いっこちゃんが作ってくれたドラえもんや、歌を歌う鳥のおもちゃも、もう卒業ですねと言ってくださったので、それも持って帰ることにしました。

ああ、こんな日がくるんだなあ。あのつらい日のさきに、この日があったんだなあとしみじみ思うのです。
ドラえもんのおもちゃを宮ぷーは何度も何度も動かそうと念じていました。でも、少しもうまくいかずに、へこんでしまった日。一時間以上も念じてようやく動いた日。そんな一日一日があって、妹がおもちゃを作ってくれたり、隈元さんが、スイッチを貸してくださったりした、いろんなことが積み重なって今があるのですね。

それでも、まだ指も自由自在というわけではもちろんありません。力も弱いし、手も曲げることができても、のばすことがむずかしくて、スイッチがはいったままになってしまったりもします。それから、先生に動いている感覚とか押している感覚はないと答えたのだそうです。

でも、そんなことはこんなに動き出すことに比べたら、とっても小さなこと。
祈り力の大きさをすごくすごく実感しています。

先生が手が硬くなってきていることをやはりおっしゃって、ほぐすことをお願いしたいとおっしゃいました。「痛いけど、これからもどんどん動く手や足だもの、一緒に頑張って暮れる?」と言うと、宮ぷーはまた目で合図をしてくれて、うれしかったよ。

宮ぷーに、出血の話をしました。
今までにも何度もしてきたけれど、やはり、今の宮ぷーには積み重ねが必要なのでしょう。
「宮ぷー? 脳幹という部分を知ってる? 私たちがよく勉強してきた原始脳の部分だよ。息をしたり、舌を動かしたり目を動かしたり、体温を調節したりする場所だよ。生きることにとても大切な場所だよ。宮ぷーはそこを大きく出血したんだよ。そして、そこは宮ぷーが動かそうと考えたその考えを、手や足につなぐ場所なんだよ。だから、動かそうと思っても動かないの。でもね、宮ぷーはすごいんだよ。何度も念じることで、失った脳の働きを他のところが補おうとし出しているの。だからね。ほら、今日は手が動いた。目も動くようになってきたよね。おしっこも出るようになったよ。宮ぷーはすごいんだよ」

宮ぷーは何度もうなづいてくれました。
そうだよ。頑張ろうね。だいじょうぶ。宮ぷーはすごいし、宮ぷーにはたくさんの方や神さまがいつもそばにいてくださるよ。

音声時計が8時をつげたので、さっそく、お祈りをしました。心から感謝していること、本当にどんなに感謝しても足りないこと。そして、自分たちがうれしかったことや、幸せに思ったことを、いつかきっと自分たちができることがあったら、そのことをたとえば他の方であってもお返しをしようねとそんなこともお祈りしました。

それから、いろんな人にうれしくて電話をしたんだよね。恭子ちゃんにももちろんしたよ。恭子ちゃんは涼ちゃんの熱がさがったから、明日には来れるよ。うれしいと本当にうれしそうだった。

帰り際、宮ぷーがまた口を動かしてくれたので、なあに?と聞くと、「明日の年休」と言ったよ。「明日、年休とってはやく来て欲しいの?」「そうだ」という宮ぷー。
ごめんね。それはむずかしいよ。宮ぷーが倒れてから、ずいぶん、子ども達が帰ったあと、年休をいただいてきて、年休が少なくなってきたこともあるの。何かの時のために残りをとっておかなくちゃね。それから、私ね、宮ぷーのことがあっても、絶対に同僚や子ども達に迷惑をかけてはいけないと思ってきたよ。
それは絶対にしちゃいけないこと。たとえ悲しくてぼんやりするようなことがあっても、でも、そのたびに、ダメダメって思って、気持ちをたてなおしてきたつもり。
それから、子ども達と向き合っているときは、いつも誠実に向き合いたいと思ってきた。同僚にも迷惑をかけないようにしてきたつもり。
今日も会議もないけれど、でも、学習発表会の準備をそろそろしなくちゃいけない。それに土日が終わったら三日も一緒にいられるよ。

宮ぷーの「明日」という日に何か理由があったのか、それともいてほしいからなのか、それは聞いたけど、わからなかったの。でも、いてほしいんだということがわかって、とってもうれしかった。
ありがとう。明日も絶対にいい日だよ。

泣いてもいいけど、泣かないでね。

  • 2009/09/05(土) 08:13:33

9・5
恭子ちゃんからメールがあった。
「綿谷歯医者さんが、来てくださって、かっこちゃんに病院に来てほしいって言ってたけど、今日は無理と言ったよ。5時過ぎに電話してほしいって」
恭子ちゃんに電話をしたら「お兄ちゃん、今日も調子が悪くて、首を何度も振って苦しそうだった。だから、かっこちゃんにいてほしいと思うから、無理って言ったよ。明日もあさっても、会えないから。目のカバーを作ったけど、マウスピースはまたかっこちゃんに一緒に来て作ってほしいって。急がなくていいよ。マウスピース、かっこちゃんが作ったので足りているもの」
本当に綿谷先生はいい方。ね、宮ぷー。もう何度目だろう。何度も何度も作り直してくださって、目のカバーだって、歯医者さんなのに、作ってくださる。今のだって、作ってくださったおかげで、誰がカバーの上にラップをしても、目の動きをさまたげないようにラップができるようになったよ。
綿谷歯医者さんに電話すると、受付の方が私の名前を言うだけで「先生、かっこさんですよ」とつないでくださるのです。
「かっこさん、こんにちは」と先生の優しい声。
「先生、、ありがとうございます。先生は本当になんてなんていい方なのでしょう」
急に電話でそんなふうに言うのはおかしいかもしれないけど、でも、本当に本当にそうだもの。何度も病院に足を運んでくださる。何度も繰り返し作ってくださる。本当にすごく大変なことだ。お気持ちがないと決してできない。ねえ、宮ぷー、すごいことだよ。
私は宮ぷーが調子が悪いと聞いて、いてもたってもいられなくなって、また一時間年休をいただいて、病院へ急いだよ。

病室をあけると、先生の声がした。
入っていくと先生が
「宮田さん、心細いのか泣けるんです」と頭の下に敷いたタオルで、そっと目をぬぐってくださってた。
私の顔を見たとたん、顔の様子を崩すようにして、宮ぷーがまた泣いたよ。

脳幹出血をされた方々が教えてくださったことを思い出した。
発病して、4ヶ月から6ヶ月くらいの頃に、心がつらくなって、泣けて泣けて仕方がないことがあるとおっしゃっていた。そして、それは回復のきざしだともおっしゃっておられた。その時期が来たのだろうか。

「カレンダーを見て、かっこさんが明日とあさってと広島だとばらしてしまったら、また大お泣きして」
それを聞いただけで、宮ぷーがまた気持ちを抑えられないようにして涙をこぼした。
「だいじょうぶだよ。いつか、病院にお泊りするね」
宮ぷーは昨日はうれしそうに目を大きくあけてくれたのに、今日は首を振っていた。
「妹さんが、つらいなら明日は9時に来るからと言っても、首を振って。たぶん無理するなって宮田さん言いたいのかな。今日も5時までおられたんですよ。昨日は調子がよくて首を振って、“腹減った。カレーが食べたい”って教えてくれたのに、今日はそれもできないって言って。でも、そう言いながら、ちゃんと首を振って、返事をしてくれているんです。先生のときは、首を立てに振ってうなづいていました」
「うなづいて?」
「そうなんです。頭を下げるというより、上げて下げるという感じで」
宮ぷーが、それを聞いて、頭を動かした。「わあ、本当だ。じょうずじょうず」
「先生、脳幹出血をされた方が、みんなこの時期に泣けるのだと教えてくれました。そしてそれを越えて、それから笑えるようになるって。よくなっている証拠ですよね」
「そうです、そうです。よくなっている証拠。すごいことです」
私は、少し話を変えて、先生にお願いをしたよ。
「先生、お願いがあるのです。リハビリが終わるまでに、一日、こんなリハビリをしたらいいよというメニューみたいなものを作っていただけたらなあと思うのです。表にして、お昼に恭子ちゃんができたら、○をつけてもらって、できない分を私が夜して、夜もできなかったら、次の日にそれからするというように、していきたいなあと思うのです」
そのときに、先生がすごく驚くことを言ってくださった。
「車椅子ができるまですごく時間がかかるんです。半年くらい。期待をもたせて、だめだったら申し訳ないのだけど、その半年くらいまではリハビリが続けられるのじゃないかと思っているんです」
「わあ、うれしい。そうだったらどんなにいいでしょう。宮ぷーは先生大好きなんです。車椅子、なかなかできないといいな」
「本当に、あの、わからないのですけどね」

ああ、そうだったらいいなあ。そうだったらいいな。一日でも長く、先生とつながっていられたら、宮ぷーも私たちも本当にどんなに幸せだろうね。
つながっていられなかったとしても、こんなに温かな先生と出会えたことは、本当になんてうれしくて、幸せなことだろうね。

先生が言ってしまわれて、私の顔をじっと見て、宮ぷーはまた泣いた。どうしたの?痛いの?つらいの? 何を聞いても首を振る。すごくしっかりと首を振ってる。
「倒れたことが悲しいの?」
宮ぷーは目を大きくあけて「そうだ」と返事をしたの。
私は宮ぷーのベッドに腰かけて、宮ぷーの頭を抱いて言ったよ。
「ね、聞いてね、宮ぷー。倒れたことは本当につらいこと。ものすごくつらいこと。でも、宮ぷーは決して一人じゃない。宮ぷー?泣いていたら、何か変わる?悲しんでいたら何か変わる?」宮ぷーは私の目をじっと見て、首を振ってくれた。
「そうだよ。泣いていても、悲しんでいても、病気が消えるわけじゃないよ。倒れたことが変わるわけじゃない。ね。宮ぷー、でもね、感謝したり、喜んだり、うれしいことを数えることで、いっぱい変わっていけるんだよ」
宮ぷーはじっと話を聞いてくれていた。でも、「宮ぷーはなおるよ」と言うと、また首を何度も振って大きく泣いてしまう。
「宮ぷー、宮ぷーはね、三時間で死ぬって言われたよ。三日間で死ぬって言われた。出血の写真を見られて、先生が、きっとこの出血なら、こんなふうな経過をたどるだろうと思われたのだと思う。でも、私はそのたびに“だいじょうぶです”って言ったんだよ。だって宮ぷーだもの。絶対にだいじょうぶ。意識は一生もどりません。植物状態ですと言われたときも、だいじょうぶですって言った。出血の写真を見て、その状態の方がもし10万人いて、みんな戻らなくても、宮ぷーはだいじょうぶ。だってね、宮ぷーだから。体はどこも動きませんって言われたときも、だいじょうぶですって言ったよ。そしてね、ほら、動いてる。おしっこの管が一生とれませんって言われてもだいじょうぶですって言ったよ。うそじゃない。誰がなんと言っても、それから十万人の人がそうでも、百万人の人がそうでも、宮ぷーは宮ぷー。だから、だいじょうぶ。宮ぷーは、お医者さんを信じるの?統計を信じるの?それともかっこを信じるの?」
宮ぷーは首をもう振らなかった。私の話に何度も目をぎゅっとつぶってくれたよ。
宮ぷーの体を抱きしめながら、何度も言ったよ。「宮ぷーはだいじょうぶだよ。かっこがいるよ。かっこがそばにいるんだよ。宮ぷー。私たちのそばには、神様がいてくださる。神様は私たちが望むとおりにしてくださったよ。私は宮ぷーに最初、生きて生きて!って祈って。神様はそうしてくださったよ。意識をとりもどしてって祈った。そしてちゃんとそうしてくださったよ。宮ぷー、味見ができますようにと祈ったら、そうしてくださった。おしっこの管がとれますようにと祈ったらそうしてくださった。神様はかっこが望んだことは全部かなえてくださったよ。宮ぷーも、神様は望んだようにしてくださる。信じなくちゃだめだよ。そしてね。私たちにはたくさんの人たちがついているよ。毎日のように祈ってくださってるよ。宮ぷー、今、宮ぷーの体に起きていることは全部、奇跡。今日だって、こんなふうに宮ぷーが、イヤイヤしてくれて、目をつぶって返事をしてくれて、私たちは気持ちを通わせている。これも、神様に私は何度も祈ったよ。赤塚さんが今も毎朝、海に入って宮ぷーのこと祈ってくださってる。ね、モロッコでも、気持ちを通わせられますようにってずっと神様にお願いしてきたよ。ね、宮ぷー、信じようね」

宮ぷー、そのとき「こんにちは」って入ってきてくださったのは、大好きな看護婦さんだったよ。私は飛びつきたいほどうれしかった。宮ぷーもそうだったんだね。宮ぷーはものすごく安心した顔をしたもの。
看護婦さんはすぐに宮ぷーに声をかけてくださった。「だいじょうぶ。看護婦さんもすぐに慣れて下さるから。ちゃんとかつこさんがお話してくれて、私もよくお願いしておくね」
看護婦さんの手は温かい。宮ぷーは髪をなぜてもらってうれしそうだった。私もうれしかった。
ね、宮ぷー。うれしいことを数えよう。うれしいことはいっぱいあるよ。
こんなに大好きな看護婦さんと出会えた。そして、今日は来てくださったよ。先生にも出会えた。明日、出勤日だから、もし4階の急性期の患者さんがたくさんおらえなかったら来ますって言ってくださったね。顔だけでものぞかせますって言ってくださったね。宮ぷー、なんてうれしいんだろう。
今日は熱もさがったよ。うれしいね。おしっこも出てる、うれしい。
いいことがいっぱい。私たちは、幸せなんだよ。

宮ぷー、どんどんよくなろうね。
宮ぷーと同じような出血の方がおられたら、今度からはお医者さんは「意識はもどりません。体も動きません」とはもうおっしゃらないよ、きっと。「あきらめないでください。事態はとても深刻だけど、もっと大変な出血で、でも、家族が決してあきらめないで、本人も決してあきらめないで、話しかけ、さすり続けて、意識をとりもどし、そのあとは、本人がものすごくがんばって、こんなによくなった人を僕は知っていますよ」っておっしゃるんじゃないかな? そうしたら、たくさんの人が絶望しないでいられるよ。宮ぷーはだから、もっともっとよくならなくちゃいけないよ。

宮ぷーは泣いていたけれど、家に帰る途中、私は本当に幸せだなあと思ったよ。
だってね、宮ぷー、宮ぷーは、今まで、悲しいときもつらいときも、うれしいときも、私の顔をじーっとみつめるばかりだった。
でも、今は違うよ。こうして、泣いてくれる。顔をイヤイヤとこんなに上手に振ってくれる。大きく目をあけたり、うなづいたりして、気持ちを伝えてくれる。
宮ぷー、今度は笑ってね。湧き上がるように泣いてしまうように、湧き上がるように笑ってほしいよ。
きっときっとそうなるよ。
神様は私たちが望んだように、望んだようにかなえてくださる。

そうだ、バラさんと一緒にお祈りしてたとき、確か徳島だったと思う。そのときに、頭の中に言葉が鳴り響いたんだった。私はそのときのことをこんなふうに日記に書いているよ。

・・・
バラさんの手の平が、紙の上に書かれた宮ぷーの名前の上にかざされているのを見たときに、涙がボロボロとこぼれて、身体の中に言葉が広がったの。こんなことってあるのかな?「あなたの大切な人に伝えなさい。私はあなたとともにいつもいます。治りたいと思うように治しますとそう伝えなさい」神さまの声をはっきりと聞いたわけじゃないと思うの。だって低い声だったとか,優しい声だったとかそんなふうに思ったのじゃなくて、涙で胸がいっぱいになって、あふれてきて、その言葉がわあっと広がったの。
私はすぐに、わかったよって思った。宮ぷーわかったよ。わかっちゃったよ。宮ぷーは治りたいように治る。宮ぷーが手を動かしたいと思えば、動くし、目を動かしたいと念じればそのとおりになるし、口を開けたいと思えば口が開くようになるって神さまが言っているんだよね。
・・・・
治りたいと思うように治すって、イエスさまがそう言ってくださったんだよ。
そしてそうなっているよ。宮ぷーも信じようね、信じて、治りたいと思ってね。泣いてもいいけど、泣かないでね。

おしっこの管がとれたよ。

  • 2009/09/03(木) 08:12:06

9/3
おしっこの管のことが本当はずっと気に掛かっていた。一番いい時期に絶対にとれるのだから、今じゃなくてもいいんだよねと宮ぷーに言いながら、でも、私は本当はどうしても今とれてほしいと思っていたの。
入れ替えのときに必ずと言っていいほど、痛みをともなって、出血をして、そして、熱が出る。痰も増える。宮ぷーがとてもつらい思いをする。こんなにつらい思いをいっぱいいっぱいしなくてはならないのはとても嫌。そのたびに泣けてしまうのだ。
そして今回とれなかったら、また宮ぷーはきっとひどくがっかりするだろう。悲しい思いをするだろう。
そう思うと、先週の水曜日から、また眠れなかった。食欲もなくなっていて、無理に口に入れるようにしている毎日だった。祈って祈って、たくさんの方にも祈ってくださいとお願いして今日が来たよ。
朝、尿管をはずして、おしっこが出れば、恭子ちゃんがきっとメールをくれるだろうと思って、何度も携帯をみるけれど、メールの着信がなかった。
あーあ、だめだったのかな? 何度もそう思って、だめでも大丈夫と言い聞かせて、でも我慢ができなくなって、4時過ぎに恭子ちゃんに電話をかけた。
「おしっこの管はどうなった?」
「とれたよ」
あっさりとした返事に拍子抜けしそうなほどだった。でも、すごくすごくうれしい。
うれしくてうれしくて涙が出た。
恭子ちゃんは今日携帯を家に忘れていったのだそうだ。
「でも、おしっこが出るときすごく痛むんだって。顔をすごくしかめていた。尿管が傷ついているだろうし、膀胱炎もあるのかもしれないって。それから、明日の10時に六階へ引っ越しだよ」
おとといくらいから、恭子ちゃんは少し咳をしていたよ。疲れだって、どんなにたまっているだろう。だから、少し風邪をひいたのかもしれない。

たくさんの方がおしっこの管をとれますようにと祈ってくださっていた。うれしくて、すぐに、赤塚さんや靖子ちゃんやアルバさんや、あかねちゃんや妹にも電話をかけたよ。小林さんは、電話に出られなかった。みんな、すごくすごく喜んでくれたよ。「すごいね、すごいね」って言ってくれた。
自分のことのように、みんなが祈ってくれているんだよね。

運転しながら涙がとまらなかったよ。だって、宮ぷーは本当にいつも頑張っていて、毎日、吸痰とかでも、涙が出そうなくらいにつらいこともいっぱいある。それがひとつ減ってもどんなにうれしいことだろう。これまで、宮ぷーは息をすること、汗をかくこと・・・生きるということを取り戻してきた。そしていま、宮ぷーはまたひとつ、生きる力を取り戻していったんだと思ったよ。

6階へ明日引っ越しと聞いて、すごくさびしい気持ちになったの。これまでどれだけたくさんの看護婦さんや介護人さんや先生に助けていただいたことだろう。
とくに、私は三人の看護婦さんのことを思ったの。大好きな三人。それから、Aチームのときにお世話になった看護婦さん。
夜に一人、眠っている宮ぷーの枕元で、時には少し泣いたりもしながら、宮ぷーの足をさすったり、話しかけている私に、三人はいつもとても優しかったの。本当に、限りがないほどやさしかったの。時には私の頭や背中をなぜてくれた。
だいじょうぶ、だいじょうぶと言い続けてくれた。三人がいなかったら、今の私たちはないだろう。どんなに落ち込んでいるときも、三人が、代わる代わるに「どうしたの?」といつも親身になってくださったよ。
ああ、もう会えなくなっちゃう。連絡もとれなくなっちゃう。メールのアドレス、教えて欲しいなあ。でも、そんなことできっこないよね。
みんなの大切な看護婦さんだもの。でも、私たち6階にいくんだもの。出会いの仕方は看護婦さんと、患者と家族かもしれないけれど、3階を卒業したら、もうお友達でもいいかもしれない。私は勝手なことを思った。
メールのアドレス渡せないかなあ。でも、6階へうつって、3階のナースセンターに顔を出すのはすごくおかしなことだよね。何の用事?って思われちゃうよ。大好きな看護婦さんに迷惑かけることしちゃだめだよね。

でも、私たち、いつも神さまが守ってくださってる。いつもいつも、私たちが望むようにしてくださる。だから、なんとかしてくださるよ。きっと。

そんなこと思いながら運転していたんだよ。
そうしたらね。信じられないよ。信じられないけど、本当のことだよ。今まで、何ヶ月もいて、そんなことただの一回もなかったのに、エレベータを下りてすぐにナースセンターの入り口に、私たちの大好きな三人の看護婦さんがずらりと並んでいたんだよ。明日変わるという、前の日に、ずらりと並んでいたんだよ。
私はすぐに、ナースセンターに行って、「大好きな看護婦さんが三人並んでる!」って言いました。「先生が、私たちが並んでいるのを見てなんて言ったと思う?巨頭会談って言ったんよ」
私は神さまが、私が三人に会いたい会いたいって願ったから、それをかなえてくださったんだってわかったよ。
だって、それ以外ありえない。何ヶ月もいても、そんなこと、たった一度もなかったんだもの。そして、その三人以外はどなたも近くにいらっしゃらなかったの。

看護婦さんに「紙と鉛筆貸してください」とお願いして、携帯のアドレスと電話番号を書いて渡しました。
「明日、6階へお引っ越ししたら、きっとお友達になってもいいはずだから」
三人とも笑ってくださって、だいじょうぶ、時々顔を見に行くからねと笑ってくださったよ。あとでメール入れておくねとも言ってくださったんだよ。そして、看護婦さんが「おしっこ出てるよ」って教えてくださったんだよ。

ねえ、宮ぷー、三人はAチーム。私たちがいるのはBチーム。それでも毎日の宮ぷーのこと、気にかけてくださってるんだよ。なんてなんてありがたいのだろう。
私は三人のお顔をずっと見ていたいほどだったけど、でも、宮ぷーのことももちろん気にかかったし、それに、ここにいて、雑談みたいにしていては迷惑をかけてしまうもの。

宮ぷーのお部屋に入って、ただいまと声をかけても、最近はすぐには近くに寄らないの。新型インフルエンザが怖いから。ていねいに入り口で手を洗って、うがいもしてから、また戸口へもどってアルコールで消毒して、それから宮ぷーのベッドのところに行く。

おめでとう、おめでとう。宮ぷー、すごいね。よかったね。
宮ぷーは目を大きく開いて、うんと教えてくれました。そのあと、あーちゃんのお母さんと竹内先生が来てくださったよ。

ちゃんと手を消毒して来てくださって、宮ぷーに何度も「元気をもらっています」とか「宮田さんに会えて、僕は何か自分の中で確かに変わったんです。人嫌いだったのに、何か気持ちが穏やかになってね」というふうに言ってくださったよ。

宮ぷー、今日はね、おしっこの管が、今日はとれるといいなあと思っていることをぷろじぇくとのメルマガにも書いたので、たくさんの方が、「どうだった?」とメールをくださったよ。

きっとお仕事を終えられて帰り際だったのだと思うけど、看護婦さんがよってくださった。私はナースセンターの受付で言えなかったお礼を言うことができたのです。
看護婦さんは、こちらの部屋にうつってからも、何度も何度も来てくださった。熱があるときも、痰がさわいでいるときも、腰が痛いときも、看護婦さんはいつもいつも力になってくださった。
こんなに幸せなことってあるだろうか?ね、宮ぷー。そうだよね。


あーちゃんのお母さんと竹内先生と一緒に、私も帰ろうとしたら、宮ぷーが顔をゆがめた。
寂しいのかもしれないと思って、お二人に、もう少しいますと言ったよ。
そして、ビデオを回しながら、宮ぷーにおめでとうをもう一回言いました。
倒れてすぐは内臓が動いていなかったことや、おしっこが出たときにうれしかったことや、今が本当にどんなにうれしいかということを言うと、宮ぷーはじっと私の顔を見て話を来てくれたね。
ね、宮ぷー、宮ぷーの身体、宮ぷーの細胞、みんなに本当にありがとうって言いたい。
「宮ぷー、うれしかったら目を大きくあけてください」と私が言うと、宮ぷーはすごく大きな目をあけていたね。そうだよね。うれしいよね。
こんなうれしい日が、これからもいっぱいいっぱいやってくるよ。こんなに幸せな日がこれからもいっぱいいっぱいやってくるよ。

看護婦さんがメールをくださった。「悲しいとき、寂しいとき、うれしいとき、いつでもメールしてね」と絵文字入りの可愛いメールだった。涙が出ちゃうよ。ありがとうございます。